根性だけじゃない
どちらも譲らない、長いラリーが続いた。
孤爪に策があって、自分にそう言ってくれたの
だと分かっている美月は、それが簡単に進んで
くれない厄介さに手を強く握り締めて、ボール
を目で追う。
企てた流れは遮られ、デュースが続くと徐々に
孤爪の集中力が切れかかって、孤爪が床を睨み
つける姿を見かけた美月は、彼に声を掛けよう
としたがそれがかえって悪化させる気もして、
声を出すことを迷った。
「研磨、集中ー」
すると、苛立つ様子を見せる孤爪に黒尾が冷静
に指摘をして、目が合う美月にも片手を上げて
大丈夫だと合図を送り、彼もまた孤爪の様子を
しっかりと把握する。
「球彦、身体温め直しといで。」
「はい!」
「美月もよろしく。」
『分かりました。球彦君、頑張ろうね!』
周りもセッターの限界が近いことを読んで、猫又
の指示に美月も頷き、孤爪の集中力を繋げる為
の準備を整える。
少し緊張気味の後輩には柔らかく笑顔を向け、
いつでも交代は出来るようにして、そのラリー
を見つめた。
『負けず嫌いは、まだやると思うけど。』
相手の攻撃を黒尾がブロックで押え、疲労が
積もる中でも山本が丁寧に拾い上げ、その得点
でブレイクとなり、彼女は顔を顰める孤爪に目
を細める。
離れてしまった期間もあるけど、なかなか諦め
ない彼を長年隣で見てきた。
どの仲間にも劣らない幼馴染みの格好良い姿。
戻って来たら彼に掛けようとしていたタオルを
美月はぎゅっと握り締め、一人一人のレシーブ
に声援を必死に送って、その攻撃が噛み合った
瞬間に目を見開く。
『研磨…!!!』
それは、山本が狙いを定めず乱れたボールで
普段は進めないトスを孤爪が福永に上げ、それ
が見事に型にハマる感動的な一球。
試合終了の合図がコートに響き、応援の歓声と
共に自分達の勝ちが確定したそのプレイを喜んだ。
『凄い、今の…!良かった。』
力尽きた孤爪がオレンジの床に崩れ落ち、慌てて
美月がタオル片手に駆け寄ると、福永と孤爪が
笑みを向け合って、それに立ち止まる彼女は
同じくそれを見守った黒尾と微笑み合う。
『研磨も福永も格好良かったよ!』
「ちょっと美月!!?」
「!!!?」
2人をしばらく待った後、それぞれの汗をタオル
を広げた美月は、照れる孤爪や驚く福永に構い
もせずに沢山の褒め言葉と一緒に彼らの汗を
勲章だとわしゃわしゃと拭き上げた。
目立つ!と嘆く声を上げていたが、一緒に勝ち
進んだ事を喜び、嬉しそうにする彼女を目の前
にすると、素直にその言葉を受け止めたくなる。
「ちゃんと見ていてくれて、ありがとう。」
『かなり心臓に悪かったけど、瞬きするのも
惜しいくらいにいい試合だった。』
「もう、バテバテだけどね。」
そして、美月の労いの言葉を耳にすると孤爪も
気が抜けるのか、彼女に拭いてもらったタオル
を頭に掛けたまま、コツンと小さな肩に額を
乗せて、ヨシヨシと彼女が頭を撫でてくれる事
に心地良さを感じていると、それを羨むもう一人
の後輩からブーイングが降る。
「もうそろそろ、甘やかしタイム交代でお願い
します。研磨さん、それテレビに映りますよ?」
「は!?えっ、それはヤダ…!」
「さすがに恥じらいはあったか。」
『リエーフのハグの方が目立つんだけどな。
甘えん坊だらけで困ったな。』
「おら、挨拶行くぞ!」
「夜久さん、何で俺だけ蹴るんですか!」
相手の選手、応援とそれぞれに整列をして一連
の挨拶を終えて、去る対戦相手の背中を見た黒尾
と美月は、相手も手強かったと改めて向こう側
の選手にも称賛した。
『ちょっとこれで一息出来ますね。』
「ああ、とりあえずは…。美月、お前も水分を
とれる時にとっとけよ?いつの間にか脱水
してましたは笑えねえから。」
『ありがとう、私は大丈夫。』
「さっきペットボトル飲んでるところは確認
した!」
『ふふっ、やっくんにも管理されてた。』
ならいいと返事する代わりに黒尾は美月の頭を
ポンと叩き、「してた」と歯を見せて笑う夜久と
今度は後輩に視線を向ける。
「研磨にしては今日は踏ん張ったなー!」
「まさか自分がもっと追い込まれる作戦出して
くるとはなー。」
『普段は見ない、研磨の奮闘だったね!』
彼らの意外だったという感想に、孤爪は次の
セットに行かない為の無茶だと答え、山本も
根性を見せたと1目置けば、それは違うと孤爪
は山本から視線を逸らした。
「俺は根性が使えるレベルじゃないよ。」
「アン?」
「なんて言うか、なんだろ。義務感というか。
皆頑張ってレシーブ上げてるからおれもちゃん
としないとみたいな…?」
「だからそれが根性だっつって…。」
「ていうか、がんばる事に明確な名前つけない
と駄目なの!?俺が頑張ったら変???」
「何キレてんだよ。」
淡々と説明口調から山本が説明を返すと、強め
の口調に変わって錯乱し始める孤爪に、海も
試合を振り返り、美月も海と同様に温かい目で
山本とのやり取りを見ていると、「人格変わり
すぎだろ」と孤爪の反応を会話の相手は呆れた
顔で見つめていた。
「糖分が不足してるんだな。」
『しょうがない、剥いてあげるからお食べ。』
バナナを差し出す黒尾の1本を美月が手に取り
孤爪に渡して、一旦それを口にする彼の表情は
変わらず、顰めた顔で仲間を見た。
「仲間の為に頑張るはオカシイこと??
俺がやったらオカシイの???」
孤爪の口から思いもよらない単語が出た事に、
周りは驚いて言葉を詰まらせ、彼の発した本心
に美月も目を細める。
「研磨ァァァ!!」
感極まって抱き締めようとする山本に大げさか
と笑う夜久と試合観戦に戻る黒尾の横で、美月
も孤爪の進化にじんわりと胸が熱くなるのか、 「他人を仲間と呼ぶのは凄え事」と言った黒尾に
同意するように頷いた。
『今日の試合は、すっごく大きかったね。』
楽しそうにする後輩達のやり取りをクスクスと
肩を揺らして見届けて、どうしても振り返って
しまうのは過去の幼馴染みの様子で、今の環境
で良かったと感じる彼女は、思わず黒尾の服の
裾を掴む。
「どうしたの?」
『感動するのは早いから、気持ちを誤魔化し
てる。』
「もう、言葉に出てんじゃん。」
『お構いなく…!』
「そっ。」と冷静に見えるもう一人の幼馴染みも
満足そうに試合を眺めていた。
静かだった隣からも突然にポツリと本音は溢れ、
彼らしい希望に思わず美月も吹き出してしまう。
「これで研磨がゲームやってる時の半分くらいで
いいから、バレーにアグレッシブルになって
くれたらなァ。」
「勝手なあてレコやめてください。あと牧野さん
はちょっと笑い過ぎ。」
『やっくんが面白くて…!』
「上手いもんだろ?」
しれっと代弁をする夜久を注意する黒尾が、隣で
ツボに入った美月にコツンと腕を組んだ状態の
ままで小さく体当たりをすると、彼女はまた
笑って謝る。
「やっぱり根性は嫌い…おれには難解すぎる。」
『ふふっ、お疲れ様。』
すると山本達から逃げ出した孤爪も疲れきった
様子で美月達の元へとやって来て、一緒に他校
の試合を観戦する。
ぼんやりと孤爪が眺める先には、彼に火をつける
存在は以前よりも進化した攻撃で相手に立ち
向かっていた。
一足先に辿り着いた彼らは、それぞれが真剣な
表情でライバルの様子を伺い、自分達と戦える
事を美月も願う。
真っ直ぐ見つめるその先では、心臓の悪くなる
試合はまだ続いていた。