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なまえちゃんを見送る時に、自由にしててくれとは言われたが家捜しも終えていたし特にする事がなかった。

有り難く珈琲と煙草でボーッとしていたが、ふと渡されたスマホに目をやる。
最早彼女に何らかの工作を疑う余地はないとしてもやはり気になる、職業病なのだろうか。PC等はなく出来る事は限られるが端末内をチェックしてみたものの、機種変更時にデータは削除したのだろうか既存アプリ以外には通信用のメッセージアプリ以外には何もなく、不審な点も見当たらなかった。
一時間半程経っただろう頃にメッセージが届いた短い音が響く。

【スーパーに寄ってから帰ります。3〜40分程だと思います。なまえ】

初日の書き置き同様、簡素なメッセージ。だがメッセージの最後が苗字から名前に変わっている事に自分から言い出した事とは言えなんだか妙な気持ちになりつつも家主の帰宅を静かに待つ。



「おかえり、なまえちゃん」
「景光くん、ただいま」

三度目のおかえりに今度は疑問符なく返答があった。荷物をリビングに置いてから浴室で化粧を落とし部屋着に着替えた彼女が台所からグラス二つを翳し問い掛ける。

「…スコッチ、飲みませんか?」

話を聞くと、バーのオーナーから退職祝いの名目でスコッチウイスキーを頂いたらしく、飲み直しに付き合ってくれないか、という事だった。一応、俺に問い掛けてはいるもののスーパーで買ってきたのだろう惣菜類やつまみもの、グラスを用意しながら聞く辺り彼女自身まだ飲み足りないのだろう。つまみと他の割りものも買ってきたの良ければ…と控え目に言う彼女に答える。

「オレで良ければ」
「…!景光くん1杯目はどうします?ビール?ウイスキーならソーダありますしジンジャエールとレモンも買ってきたのでお好みの味があれば作りますよ!あ、他のカクテル系が良ければすぐにコンビニに行ってきますし」

オレの返事に目を輝かせた彼女が少し早口で捲し立てる。既に飲んできているせいもあるのだろうか、そもそも飲酒をするという事自体に喜んでいるだろうか、今までは見なかった明るい表情の彼女を見ながらビール缶を二つ手に取る。

「なまえちゃんって、店変わっても1杯目はビール?」
「え、何でわかったんですか?」
「酒全般が好きだけど基本はビール、て言ってたからそうかな、と思って…違った?」
「…違わなくないです。よく覚えてましたね…」

この異常事態を把握する事になったきっかけで彼女が言った言葉を返すと、気恥ずかしそうに目線を逸らしながらオレの手からビール缶を手に取る彼女と共にリビングへ向かう。
少し早めの夕飯だったからか、惣菜類も口に運びながらビールを流し込みあっという間に二缶目を取りに行き同じように流し込む。最初にも思ったが飲むペースの割には顔には出ないようだが、そこはやはりアルコール。多少陽気にはなるようだった。

「でね、景光くん。コートは水曜日に見に行きましょう」
「…随分急だね?」
「服は火曜日には届きますし善は急げでしょ?」
「それはそうだけど…」
「行きはタクシーで行っちゃいましょ〜」

彼女によるとアパレルは昼のみのオープンで水曜日はバーが定休日。彼女の事情を察して夜にアパレルを開けてくれるらしく、更に話を聞くとその後に一杯どうか、と言われたらしい。もちろんオレを含めて、である。

「あー…すみません、景光くんに言うつもりはなかったんですけど…」

そう言いながらMACALLANの封を開け用意していたグラスに注ぎ、静かに水も注ぎ入れる。
彼女は本当に言うつもりがなかったのだろう。言ってしまえばオレが断るにしても受けるにしても気を遣ってしまうと考えての事だと思う。それでも彼女が通う店や、それなりに信頼も信用もしているであろうオーナーにも興味が湧いたのは事実だ。ーー彼女曰くオーナーの結婚式にも参列しオーナー家族と花見やBBQもする程には仲が良いらしい。

「なまえちゃんの行きつけなら行ってみたいな…もちろんなまえちゃんが良ければ、だけど」
「えっ。私はもちろん、というかこちらから誘っているので良いも何も…」
「オレも同じの飲もうかな。ボトル、ちょうだい?」

申し訳なさそうにボトルを渡す彼女に、気にするな、という意味を込めて同じトワイスアップで再度乾杯を促す。

「…ありがとう、景光くん」
「こちらこそ、なまえちゃん」
「「乾杯」」



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