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突然のチャイム音に少し、身構えてしまった。

なまえちゃんは仕事は辞めたところだし彼女の兄もアポ無しで来るような人物ではないと彼女からの話から推察出来た。友人とも疎遠気味で急に自宅に訪ねてくるような人物はいないはず。そう考えているとなまえちゃんが申し訳なさそうな表情をしながら、荷物を受け取ると出て行った。
しかし戻ってきたのは彼女のみ。

「あれ?荷物は?」
「あ、先に箱バラしちゃおうと思って」

そう言いながらカッターを手に取り再び玄関の方へと戻っていった。数分すると随分と良い笑顔で戻ってきた。

「なまえちゃん、それ…」
「実は前からずっと気になってて」

彼女が抱えて運び入れてきたのは大きめのビーズクッション。前から気になっていた、というなまえちゃんの言葉に嘘はないだろうがカバーの色は紺。部屋のインテリアに合わせるのであれば彼女なら白を好むだろうし、昨日のやり取りを思い出す。

白、紺、緑だとどの色が好みですか?

前置きなく急に聞かれたものの、無難に紺?とだけ答えておいたのを今になって後悔する。恐らくいやきっと彼女はあの時にこのクッションを注文していたのだろう。ソファーは既にあるし気になっていたからといってこのタイミングで購入したという事は、確実にオレの為ーーいやオレのせいとも言えるだろう。

「なまえちゃん、それ、もしかしてオレに…?」
「…やだなぁ、景光くん。気になってた、て言ったじゃないですか。でもソファーと同時に座る事はさすがに出来ないので良かったら景光くんはこっち使ってください」

笑いながらガラステーブルの側にそのクッションの置き場所を決めたようで、また満足そうに笑い自分は元々あったソファーへと腰掛ける。
出会った時と同様のこちらに気遣わせない言葉に、彼女がモテるのは外見だけでなくその性格だなと思いながらビーズクッションに埋もれてみた。すると想像以上のフィット感にいつの間にか張っていた肩の力が抜けていく。

「なまえちゃん…これヤバい…」
「なんか不具合ありました?」
「う、動けない…」
「問題ないみたいで良かったです」

動けない事はないが、恐ろしいクッションだ。精神的に動けなくなりそうだ。かと言っていつまでも埋もれている訳にもいかずテレビを流し見ながらなんて事ない話をしている内にふと窓の外を見ると夜と言うにはまだ早い気もするが空はすっかり翳っていた。そう、丁度オレがビルの屋上でアイツと対峙していた時のような薄暗い空だった。

「これくらいの時間でしたね」
「…えっ?」
「景光くんが倒れて…いや、現れた、かな」
「ああ…」
「行って、みます…?」
「いや…」

なまえちゃんからの急な問い掛けに息を飲む。そう確かにオレが拳銃の引き金を引いたのはこれくらいの時間だろうし、そのまま同じ時間帯にこちらに移動したのだろう。だからと言って今その場所に行ったとして果たしてどうなるのか、何もならないのか。今はまだその時じゃない気がして申し出には断ったが、この"時間"が気にかかった。
今の時刻は夕方五時。なまえちゃんからの話によるとオレが現れたのは恐らく午後六時頃との事。夕方の五時から六時ーーその時刻と、このパラレルワールドと仮定した今の状況。
この状態で無関係という事はさすがに考えにくい。その時間帯はいわゆる、

「逢魔時、ですよね」
「…あぁ」
「逢魔時…が関係あるならもしかして」
「?」
「ちょっと待ってくださいね」

そう言いながらスマホを手に取り何かを調べている。何か思い当たる事でもあるのだろうか、大人しく待つとする。

「んー」
「どうした?」
「逢魔時、自体はその時間帯のものなので言ってしまえば毎日来る訳ですよね」
「まぁ、そうだね」
「で、景光くんと会った時の月の満ち欠けを調べてみたら、朔月…新月だったんですよね」
「新月…確かにそう言えば月は、なかったかもしれないな…」
「もしこの朔月も関係あるんだとしたら、何かがあるとしても1ヶ月後、て事になるのかな、と」
「…」
「逆を言えば、次の朔月までは景光くんも安全かも、と…いえ、さすがに楽観的過ぎますね。すみません」
「いや…逢魔時という時間が関係あるとすれば、月も時間に関するものではある。無関係ではないかもしれないし、仮定とは言え一つ区切りが見えて良かった」

SFやミステリーが好きと言っていた彼女らしい発想ではあるが、確かに無関係ではないかもしれない。かと言ってそこに重きを置いて考えるのが正しいかと言われれば何にせよ情報が少な過ぎる。しかし彼女の言う通りこの数日も逢魔時と呼ばれる時間帯は変わらずにあったはずだが特にこれといって何か特別な事があった訳でもない。ならばその仮定に基づいてみるのも悪くはないだろう。
もし一ヶ月後の新月の日に何かが起こったとして、ーーもしオレが元いた世界に戻ったとして、そこでオレは生きているのだろうか。
自分で考えておきながら今更少し、背筋が凍る様な気持ちになってしまった。

「1ヶ月後…」
「うん?」
「あ、いや、ちょうど1ヶ月後ちょっとまた会社に行かないとで…」
「…退職手続きは済んだんじゃなかった?」
「正式に言うと今まだ有給消化中なんですよ、1ヶ月分の。で、前は事前に出来る書類手続きとかをしに行っててホントはそのまま終わらせたかったんですけど変なとこアナログな会社で…クソ…」
「そうだったのか…」
「あ、でも行くのは午前中で昼前には帰れると思うので…逢魔時には、ここにいますね」
「…ありがとう、なまえちゃん」

彼女も仕事に関しては人格が変わるのか、最後に小さく暴言を吐きながらもオレを気遣う言葉に小さく笑みを溢し、礼を告げる。

一ヶ月後の新月の日の逢魔時。

その時に何が起こるのか、起こらないのか。
今はまだ何もわからないが、待つしかない。待つのは仕事柄慣れているが今はスコープを覗いている訳でもない。なまえちゃんの言葉に肩に掛けたライフルを降ろしたかの様な安堵感に包まれた。



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