18
逢魔時と朔月。
逢魔時が関係しているとして、でもこの数日間逢魔時と言われる時間帯には何もなかったが同じく時に関する月も関係があるのかも、とミステリーファンタジーが好きなばかりにそう考えてしまったがいくらなんでも安直過ぎたか。とは言え景光くんは案外すんなりと仮定を受け入れてくれ…いや、あくまでも仮定の一つに過ぎないだろうがどこか確信を持った瞳とその後に見た恐怖を感じる背中。
当然だろう。物語の中の人物、というのを良くて受け入れたとしてそこに戻った所で彼を待ち受けているのはーー。
そこまで考えて、急に、死を身近に感じた。
母が亡くなった時でさえ、どこか他人事の様に感じていた死が今リアルに襲ってきた。今、ここで、景光くんが生きている事は何か意味があるんじゃないか。そして私は彼を死なせてはならないのではないか、いや、死なせたくないのではないか。願わくば、彼が生きた世界で生きていてほしいーー。そこまで考えて、それは今目の前で息をして生きている彼を否定する事になるのだろうか、と考える。
今目の前の彼ーー景光くんを否定する気はないし、出来もしないだろう。だって、彼は生きている。珈琲を飲み、ビーズクッションに埋もれ、煙草を燻らせている。どの世界だっていい、生きていてくれればいいじゃないか。
そう考え直し、今日の晩ご飯は何を作ってもらおうか。景光くんに問い掛ける。
「今日は鍋にしませんか?」
「いいね」
「景光くんは何鍋がお好きですか?」
「なまえちゃんは?」
「うーん、水炊きも好きですしキムチ鍋とかも好きですね…モツ鍋も好きなんですけど家ではやった事なくて」
「モツ鍋にする?」
「えっ、景光くんモツ鍋も作れるんですか?」
「まぁ材料があれば、だけど」
という訳で早速買い出しに行き、今夜は鍋。モツ鍋ではなく水炊きだが、気になって一緒にカゴに入れてみたゆずポン酢がさっぱりとしていて美味しい。
モツ鍋は近所のスーパーよりバーがある最寄駅の駅前にあるスーパーの方が品揃えが豊富でそちらで調達した方がいい、という私の言葉にオーナーのショップに行った帰りに買い物をしようという事になったのだ。
「は〜普通の水炊きなのに美味しい…景光くんホントに料理上手なんですね」
「鍋は誰が作ってもそう変わらないんじゃない?」
「最後の鍋の記憶がだいぶ前の闇鍋で…」
「なまえちゃん闇鍋とかするんだ?」
「学生時代の話ですよ。景光くんはしませんでしたか?」
「普通に鍋はしたけど…そういえばした事なかったな」
「景光くんがやる闇鍋ならおいしく食べられそうですね」
ふと学生時代に一度だけ開催した闇鍋パーティーを思い出し、二度とするまいとは思ったものの景光くんとなら楽しそうだな、と小さな想像をしながら空き缶をシンクへと移動させ冷蔵庫から新しい缶を取り出し鍋の元へと戻る。景光くんにまだ飲むのか、というような視線を送られたが明日の心配はしなくてもいいし美味しい料理には美味しい酒が必要だろう。
「なまえちゃん、本当に顔に出ないんだな…」
〆の雑炊まで美味しくいただき景光くんと共に片付けをして互いに食後の一服を堪能する。
「確かに顔には出ないですけど、量飲んだら酔いはしますよ」
「今も結構飲んでると思うけど…」
「そうですか?それを言うなら景光くんもまぁまぁ飲んでると思いますけど酔わないんですか?」
「まさか。今割と良い気分だよ」
「景光くんも顔に出ないタイプなんですね」
確かに二人とも顔にこそ出ていないものの鍋が美味しくて空き缶が量産されたのは事実だ。景光くんは良い気分とは言うが私以上に顔に出ないのか見た目は至って正常である。
「こんな風にまた誰かと鍋をつつけるなんて思ってもなかった…その誰かがなまえちゃんで良かったよ」
「…私で良ければ鍋なんていくらでも…まぁこれ用意してくれたの景光くんですけど」
「オレは料理するの好きだから」
「モツ鍋も楽しみです」
「任せて」
私自身は料理をするのが嫌いでもないが好きでもない。必要に駆られてやっていただけで出来るのであれば人が作ったご飯を食べたい。仕事をしている時は作る気力も時間もなくコンビニや惣菜ばかりでそれも誰かが作った事には変わりないのだがやはり出来立てのものには叶わないのだろうか。たった数日ですっかり彼の手料理に餌付けされてしまった気分だ。出来栄えは全く違う筈なのにどこか兄の手料理を彷彿とさせる不思議な感覚に思考を巡らせていると、スマホに着信のバイブレーション。
アドレス登録はしていない覚えのない番号。だがワンコールで切った後に続く着信。これは兄からのものだろう。景光くんに断りを入れ通話をオンにスワイプする。
「はい。…うん元気、大丈夫、今鍋食べてたとこ。トモくんは?……あー。って事はまたバイト?…いや別に大丈夫だけど…金曜日?いや、予定はない、けど…」
思わず景光くんの方を見ると、気にしないで、と目が語っていたので話を続ける。
「…いや、大丈夫。いつものとこに行けばいい?……うん、わかった。じゃあまた……わかってるよ、はいトモくんもね」
通話を終えた液晶を眺めていると、景光くんからの視線を感じる。
「兄からでした」
「お兄さん?」
「あ、兄の名前
「バイト?」
「ええ。たまに手伝わされるんですよ。こんな急なのは珍しいんですが…」
「バイトの内容って、聞いてもいいか…?」
「……アクセサリー、ですかね」
「…?」
「ドレスアップさせられて多少飲み食いして笑ってるだけのバイトです」
「え……?」
「あ、別に怪しいヤツ…じゃないですよ?兄の仕事でたまに呼び出されるんですけど本当に何かパーティーに行くだけですし」
景光くんの顔が、固まったような気がした。
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