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彼女のリクエストである鍋をつつきながら、まさかまたこんな風に食事が出来るとは思わず、存外酒も進んでしまった。警察官、いや潜入捜査官となればいただけない事態ではあるが、今くらい楽しんだっていいのではないだろうか。そう思いながら一服をしているとなまえちゃんのスマホに着信があった。短く切れたワンコール。後の着信。なまえちゃんは特に変わった様子は見せずに、オレに対して小さく断りを入れてから通話を開始する。

相手の声までは聞こえないが、彼女の呼ぶ名前から相手は恐らく男性。しかも多少は気心が知れた相手なのであろう。詮索するつもりはないが目の前で話されているとどうしても気になってしまう。バイト、という単語に多少引っ掛かりを覚え、笑顔で通話を終了した彼女を見る。オレの視線を感じ取ったのか、兄からの着信だった言う彼女が呼んでいた名前にどこか違和感を覚える。どこかで聞いたような、でも思い出せない。なんとも奇妙な気持ちになった。だが彼女の言うバイト内容には違和感どころか既視感しかない。

「あ、別に怪しいヤツ…じゃないですよ?兄の仕事でたまに呼び出されるんですけど本当に何かパーティーに行くだけですし」

オレの仮定でしかない前提があるが故の考えかもしれないが、それは恐らくーー情報収集。
公安警察では情報収集の為にパーティーに出向く事も珍しくはなく、しかし一般的にパーティーには同伴者が必須な事も多い。オレも組織に潜る前は数度公安管理の協力者を連れて赴いた事があるし、先輩達もそれは同様。
彼女の兄がもし公安警察だとして身内ーー妹を協力者にしているのだろうか。否、それは御法度な筈。しかし次元が違うと多少ルールも変わるのだろうかーー?

「景光くん?」
「あ、いや、なんでもない…」
「なるべく早く帰ってくるので…すき焼きにでも行きます?」
「え?」

彼女の話によると、バイト代は現金として振り込まれる事もあるが希望すれば食事や現物支給といった形で受け取る事も出来るらしく今までも家の家具家電や水回り等を新調したり、エステやディナーに行く、という事をしたらしい。

「家に関しては兄が出すとも言ってくれたんですけど、一応私も働いてましたし兄の家でもないのでそこまで頼るのもな、と思いまして。ただ手ぶらで行くエステや食事は最高でしたね…」
「なまえちゃんは…そのバイトに疑問を持った事はないのか…?」
「…最初は疑問に思いましたよ。これが仕事でこの報酬?って。でも兄が嘘は…言っていなかったし、悪意もなかったので、相応の報酬なんだと思って受け取る事にしました」

きっと彼女も兄の仕事に疑問や疑念を抱いたのだろう。しかし彼女は嘘はなく悪意もない、と判断した上で兄の助けになるならば、と決めたらしい。幸い今までにそのバイトで身に危険が迫る様な状況はなく、なんだか良いとこ取りばかりで申し訳ない、とこぼすが報酬をしっかりと自分自身に還元しているところが彼女らしいと思う。

「じゃあお兄さんにとびきり良いすき焼き屋さん紹介してもらおうか」



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