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決して彼女はそういった意図で言ったのではない事はわかっている。わかってはいるが、口元に垂れた酒を拭いながら心なしかとろんとしたような顔つきで言われると、多少グッとクるモノがある。許してほしい。耐えろ、オレ。
すぐに表情を取り繕い、テーブルに置いてあった缶を煽ると勢い良く煽り過ぎたのか口内には入らずに試着したばかりの服にバシャバシャと零れ落ちる。
「大丈夫ですか?!」
彼女が浴室から取って来たタオルで口、胸元、更に垂れてしまった足元を膝立ちで拭いながらこちらを見る。
「…あ、ああ、ごめん、服汚して…」
「そんなの洗えば済む話です」
「あの、ごめん!自分でやるよ…!」
「じゃあ服はそのまま洗濯機突っ込んでついでにお風呂入ってきてください」
なんだコレ。なんだオレ。どうしたオレ。思春期じゃあるまいし。しっかりしろ諸伏景光。項垂れながら浴室へ入り、ふと遠い記憶を思い返す。そう言えば昔もこんな事あったな、あの時はオレンジジュースだったけど…、
……え?
遠い記憶と先程の彼女の姿がデジャヴする。いや、同じ様なシチュエーションで昔の記憶を思い出しただけだろう。あの人は今の彼女よりもう少し大人びていた様な…いや、子どもの頃の記憶がそうさせているのだろうか。それにあの時のあの人は髪の毛がもっと長かった。と思う。でも雰囲気はとても良く似ていて、だから思わず珈琲の好みを押し付けてしまったが…。いや、いま余計な事を考えるのはやめよう。冷水で頭からシャワーを流し雑念を振り払うが流石に寒気を覚えたので温水に切り替えてから浴室を出る。
「ごめん、後片付け放りっぱなしで…」
テーブルの上に鍋や取り皿などは既になく、彼女が飲んでいるビール缶と灰皿だけになっていた。
邪な妄想をし、その所為で粗相までしてしまったのに後片付けも任せ切りで先にお風呂に入っていた己の情けなさに語尾が縮こまる。
「ありがとう、ですよ」
なのに彼女はそんな事はまるでどうでもいいというような面持ちで告げる。恐らく彼女は本当に気にしていないのだろうし、それに加えて相手に気遣わせない言葉。たった数日で幾度となく思っただろうか。組織にいる時は気遣いなんて概念自体が皆無だったし、警視庁にいた時の先輩達は気遣ってくれていたがなんていうか不器用だった。でもその不器用な気遣いが少しくすぐったくて、でも嬉しくて。小さなミスをしてしまった時、警視庁で先輩から缶珈琲を渡され謝罪を告げると返された言葉が蘇る。
ーーこういう時はありがとうございます、でいいんだよ
何故、今これが蘇ったのか。あの時の先輩と似た台詞だったからなのか。その言葉から、そう言えばその缶珈琲をくれた先輩と彼女は雰囲気というか、何となくどこか似た空気を感じるような気もするがーー。
「景光くん?大丈夫ですか…?」
「あ、あぁ、ごめん、…いや、ありがとう、だな」
「どういたしまして」
「明日、楽しみだな」
「景光くん初めてのお出掛けですもんね」
「明日着て行く服、なまえちゃんが選んでくれないか?」
「え、好きなの着てくださいよ」
「どれも気に入ったからなまえちゃんに選んでほしいんだけど…ダメ…?」
言った言葉に嘘はなかったが、何故だか彼女は眉を顰めていた。
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