03


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「起きたくない…」

碌に眠れないまま時間だけが過ぎ、気付けばもう起床時間だった。一日中この部屋に閉じ籠ることも考えたが、昨日そういえば石丸から【これから朝食は全員で食べる】という提案を受けていたことを思い出し、しぶしぶ食堂へ向かった。

「謝りたくない…」

まるで子どもみたいだ、という自覚はあった。苗木のあんな真剣な顔はいつぶりだろう。いつも窘められたり、軽く叱られたりはしたが、本気で叱られたのは昔一人で遊んでいた時にふざけ半分で建物の三階から飛んで頭から落ちた時以来だ。あれは自分でも一瞬死んだかと思ったが、どうやら自分は医者も仰天の近年稀に見る石頭の持ち主だったようで、血は出たものの大きな怪我にならなかった。それでも病院にすっ飛んできた苗木に、親より怒られた記憶がある。

「もし超高校級の料理人じゃなかったら超高校級の石頭だったろうな、私の才能」

下らない想像で現実逃避しながらも時間は刻一刻と過ぎ、ついには朝食の時間になってしまった。ああ嫌だ、謝るのも嫌だがこのまま悪い空気にしているのも嫌だ。
そう思っているのに尻込みしてしまい、ずるずると何も言えないまま朝食は始まってしまった。

苗木と舞園から一番離れた席。ここは意識して座っているのではなく、たまたま空いてる席がここだけだった。しかし苗木は見逃してくれず、ちらりとこちらを見て「あ と で ち ゃ ん と。わ か っ た?」と口パクで伝えてくる。そこまで言ってくれるのは苗木の優しさとわかっているが、どうも舞園を推奨しているようで気分が悪い。から素直になれない。

またもや子どものような言い訳をして、口を尖らせて苗木から目を反らす。

そうしている間にテーブルでの話題は“ジェノサイダー翔”の話題になっていた。

苗木もその話題に興味を引かれたようで会話に加わっていく。

「それってネットとかテレビで話題になってる連続殺人鬼の?」
「猟奇的かつ残忍な手口で殺人を繰り返す、凶悪殺人鬼…」

十神も会話に入っていた。食事中の会話なんて珍しい、とみょうじは思う。
いつもは“食事中に話すなど下等なレベルの食事はせん”と言いそうな態度で黙って食べているのに。それほど興味がある話題ということだろうか。

しかし食事中にグロテスクな話は出来るだけ避けてもらいたかったのが本音だ。犠牲者の数や殺害方法を聞いているうちにすっかり食欲もなくなってしまった。

しかし、そこに朝日奈の明るい声が響く。

「私達がここに閉じ込められてから、もう数日経つんだよ…急に連絡の取れなくなった私達を心配して、そろそろ警察も動き出す頃なんじゃない?」

確かに、と僅かな希望を持った瞬間−−−悪魔の笑い声が聞こえた。

「警察なんか待ってないで、出たいなら殺しちゃえばいいじゃーん!」

モノクマ学園長。いちいち人の神経を逆撫でしてくる上に“学園から出たければ人を殺せ”等、頭のおかしい発言をかましてくるぬいぐるみもどきだ。

「学園生活が開始されて数日経った訳ですが、まだ、誰かを殺すようなヤツは現れないよね!オマエラ、ゆとり世代の割にはガッツあるんだね…でも、ボク的にはちょっと退屈ですぅ〜!」
「何を言われたって…ボクらは…人を殺したりなんか」

苗木の言葉にも全く意に介さずモノクマは話を続ける。

「でもね、今まで場所も人も環境も、ミステリー要素は揃ってるのに、どうして殺人が起きないのかと思ったら…そっか、足りないものが1つあったね!!…ずばり”動機”だよ!それだったら簡単、ボクが皆に動機を与えればいいだけだもんね!」

動機。ミステリー小説のような、サスペンスドラマで聞くその言葉は、これまで次元が違う架空の言葉のようで、羽のように軽いものだった。

でも今は違う。

「だからこれを踏まえて、オマエラに見せたい物があるんだ!オマエラに見せたいのは、ちょっとした映像だよ!…そう、外の世界の映像だよ。学園内にある視聴覚室へ行けばその映像が見られるようになってるらしいですぜっ!」

その場の全員ハッとした。みょうじも思わず身を乗り出す。

「家族のこともそれでわかるの?!」

みょうじが食いついたことが面白いのか、モノクマはみょうじの顔を覗き込むように下からウププと笑いかけてきた。

「心配だね?なら映像を見なきゃ。オマエラがその時どうするのか、大変見ものだよ」

「オマエラに絶望を与えるのが目的だ」と言ったモノクマがその場からいなくなり、全員視聴覚室で映像を確認することになった。

“みょうじなまえ”と名前が書かれたDVDを取り出し、そっと機械を立ち上げる。

何が映るのか。
これを見た時、自分はどう思うのだろう。

そしてパッと映像が流れ出し、見終わった途端








怒り、恐怖、喪失…言葉に表せない感情が一気に爆発した。






他の全員の沈黙が、自分と同じような感情を抱いたのだと理解したのは、舞園が部屋を出た後だった。



彼女の後を追う苗木を見たみょうじも、反射的に彼等を追う。
もしかしたらあの場にいるのが、あるいは、あの映像をもう見たくなかったのかもしれない。

苗木が教室に入っていき、自分もそこに入ろうとしたところでギクッと体を固めた。

「ま、舞園さん…大丈夫…?」
「はい…大丈夫…な訳ないじゃないですか…私達が…何をしたって言うの?どうして…こんな酷い事をするの?」

二人の声を聞いた途端、まるで自分が彼等の間に入ってはいけないような気持ちになったからだ。

「出して!!ここから出してよ!!」

舞園があんなに声を荒げ、感情を露わにするところを見たことがない。当然だ、これまでの日常生活で、身内の誰かの命が脅かされるなんて事態は、この日本ではなかったのだから。だからこそ舞園の心からの叫びに、みょうじも共感するように胸が締め付けられた。

「舞園さん!落ち着いて!!」

それでも苗木の声はしっかりしていた。

「気持ちはわかるよ…ボクだって、自分の家族に何かあったらって思うと…でも、こんな時だからこそ冷静にならなきゃ!ボクらの冷静な判断を奪う事こそが、黒幕の狙いなんだ…大体、あんな映像…でっち上げに決まってるって!だって、あんな事になってたら今頃、警察だって大騒ぎしているはずだよ…そう思うでしょ?」

幼馴染として、苗木の人柄はよくわかっている。苗木だって辛いのだ、不安なのだ、この状況が怖くないはずがない。
それでも辛いと泣く人間がいたら、自分のそれを押し殺して相手に寄り添うような人なのだ。

「きっと…皆で協力すれば、逃げ道を見つけられるはずだよ。それに、もしかしたら、その前に助けが来るかもしれないし…」
「でも…逃げ道もなくて助けも来なかったら?」

そんな苗木を

「そ、その時は………ボクがキミをここから出して見せる!どんな事をしても絶対にだよ!!」

自分は好きになったのだ。

「信じられるのは…苗木君だけなんです。だから…お願い…苗木君だけは…何があっても…ずっと私の味方でいて」
「あ、当たり前じゃないか!何があっても、ボク達は味方同士だって!だって、舞園さんは…ボクの助手じゃないか」

ふと後ろを振り向くと、みょうじの後ろにモノクマが静かに立っていた。

「絶望してくれた?」

感情の読めないヌイグルミの声に、ゾッと背筋が凍る。

「ボク個人としては君が死のうが生きようがどーでもいいんだけどさ、それに一喜一憂する“彼”が新鮮でね。そういう意味では君を気に入っているんだよ。だから、」

「ちゃんと苦しんで生きてね」

何かから追われるように、その場から走り去った。





心臓がドキドキしている。全身に鼓動が響いているようで、部屋に戻った途端、荒げた息のままドアに凭れ掛かった。

これは走った後の痛みなのか。

自分の想いの行き場の痛みなのか。

映像を見た後の衝撃なのか。

それともモノクマへの恐怖なのか。


震える身体を抑えるように抱きしめる。しかし震えも、感情も抑えきれず、しまいには胃から何か飛び出てくるような感覚に慌ててトイレに駆け込む。

命を粗末しない。それは母と、唯一交わした約束だったと思う。

どんな食べ物も、命が使われている。だから自分達は、命を食べている。
その命を粗末にしてはいけないし、命を貰った自分のことも粗末にしてはいけない。

幼い頃交わした約束。穏やかで優しい母が、唯一自分に守らせたこと。その重みは、年を重ねる毎に増していく。

「ごめんね、お母さん…」

謝る相手が違うかもしれない。自分はたった今、食べた命を無駄にしてしまった。
でも今は母に会いたい一心で、言葉が漏れた。

視聴覚室で見た映像。

見慣れた清潔な病室。母が自分宛に温かい言葉を投げ掛けてくれている。しかし次の瞬間消え去る母、そして原型を留めないほど荒れた室内。

そこまで思い出し、再び襲う吐き気に抗えず下を向いた。

お母さん、お母さん、お母さん、お母さん!

苗木は映像をでっち上げだと言った。そうかもしれない、いや、そうであってほしい。

そうでなければ。

もう母は歩けない、誰かが無力な母を連れ出したのだ。黒幕が連れ出したことは想像に難くない。
連れ出された時、母に乱暴はなかったろうか。痛いことをされなかったろうか。今、辛い目に遭っていないだろうか。今、母は…生きているのだろうか。


堪えきれない思いが、縮まったように固まる喉から溢れ出る。泣きたくないのに涙が零れ落ちた。

お母さん、お母さん、お母さん、お母さん。

きっと母は巻き込まれた…自分に人殺しをさせるために。

どんなに謝ってもまるで足りない、どんなに謝ってもそれだけで済ますことではない。

どうかあの映像が偽物でありますように。

「ごめんね、お母さん…」

それでも許しを請うように、小さな声で何度も謝り続けた。

****

一瞬意識が飛んでいた感覚だったが、時計を見ると少し寝てしまっていたようだった。

「ご飯、作らなきゃ」

フラフラと身体を動かして食堂につく。
食堂には誰もいなかった。きっと自分が見たような映像を他の人も見せられたのだ。ショックで自室に籠もっているのかもしれない。だからこそ、美味しいご飯を作って…

そう思うのに、また涙が溢れた。何が理由で泣くのか、自分でもわからない。

そして唐突に苗木の顔が見たいと思った。

一度思うと止められず、何もしないまま厨房を飛び出した。



「なまえ!」

チャイムに呼ばれドアを開けた苗木は幼馴染の顔を見ると、安心したような心配そうな声で名前を呼び、何の躊躇いも無く抱きしめられた。

たったそれだけなのに、それだけで自分の中の何かが救われた気がした。

「心配してたんだよ!視聴覚室戻ってもいないし、部屋のチャイム鳴らしても何もないし…」
「ごめん、気分悪くて…いつの間にかちょっと寝てたみたいで」
「顔色も悪いね、やっぱり…あの映像を見たから?」

頷くと苗木が深刻な顔で何かを言おうとした。

「大丈夫だよ誠。私は誰かを殺したりしない」

先回り答えると、複雑そうな表情に変わった。

「誠こそ、大丈夫?」
「うん。ボクもショックだったけど…大丈夫」

力強い答えに安心した。安心して、つい言ってしまった。

「舞園さんが、好き?」
「へ?!」

真っ赤になった苗木の顔が、可愛くて愛しくて、少し切ない。

「なまえまでモノクマみたいなこと言って…そりゃあんな可愛くて良い子を気にならない筈がないけど!今こんな状況で好きかどうかなんてわからないよ!」
「それ立派なフラグだよ、誠」

苦笑しながら胸は切なく痛む。

そして気付いた。
自分はこれまで、苗木に自分を好きになってもらおうとしたことがなかった。独占欲だけ持ち、苗木に好意を寄せる相手を勝手に判断して排除してきた。

でも、舞園を見た瞬間、敵だと思った。それは…舞園が苗木の運命の人なんだと、心が理解した瞬間だったのかもしれない。

いや、そう考えるのは甘えだろう。苗木のために何もしてこなかったツケがまわってきただけのことだ。

「あのね、誠」
「…なに?」
「私ね、誠には早く気付いて欲しい。

私はこんな状況になって初めて気付いたの。日常がどれだけ大切だったか。自分の身近にいる人が、身近にいてくれることの大切さが。誠も分かるでしょ?だから…

だから、生きてる内に、身近にいるときに気付いて欲しい。それで伝えて欲しいんだ。自分が、相手が、生きてる内に…自分の気持ちを。もう誠の邪魔なんてしないから」
「…なまえ?」

これは本音だった。
苗木に幸せになってほしい。
苗木にどんなことがあっても生きてほしい。
隣に立つのは自分でなくて構わない。
苗木が幸せでさえいてくれれば。

「それだけ。それじゃ、おやすみ」

自分は、彼からの親愛があれば、自分は生きていける。…この学園から出るまでは。そして言おう、学園を出た後に。「あなたのことが好きです」と。きっと彼は最初驚いてから、顔を真っ赤にして、その後困ったように言うんだろう。

ありがとう、ごめんね。

その言葉を背に、母に会いに行くんだ。だから自分は生きよう。何があっても彼を守ろう。

そう決意した、その日の夜だった。“あの事件”が起きたのは。

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