「もう、やだ…」
どこをどう走ったか、なんて全く覚えてない。とにかく寮から離れたい一心で走って、走って、走って。辿り着いた小さな公園のブランコに座り込んだ真緒の目から涙が滑り落ちた。
あれだけ、あれだけ頑張って完璧を演じてきた。両親の期待を、周りの人達の期待を、裏切らないように、一生懸命に頑張ってきた。完璧な日高真緒を演じてきた。寮でも完璧を演じていたはずだった。
「なんで、なんでよ…」
心の底から楽しそうに笑う彼らを見て、嘘で塗り固められた真緒に優しく笑いかける彼らを見て心が痛んだ。優しくしないで、助けて、私の前で笑わないで、誰かに認めてほしい、正反対の思いが交差して真緒を縛り付ける。
「真緒」
「っ!」
「はい、捕まえた」
「や、だ!離して!」
「離すわけないでしょ」
「離して!離してよ!」
太ももにぽたりぽたりと落ちる涙を見つめる真緒に影がかかる。名前を呼ばれて、顔を上げると至が立っていて。反射的に立ち上がって逃げようとした真緒の腕を至が掴む。
至の手を振り払おうと必死になる真緒を横目に「もしもし万里?真緒見つけたから先戻ってていいよ」と電話をかける至を見て真緒は抵抗するのを止めた。
「何しに来たの」
「何って探しに来たに決まってるじゃん」
「頼んでない」
「俺はカントクさんに頼まれて探しに来たの。真緒の頼みを聞いたわけじゃないよ」
「…私を連れ戻してどうするの」
「さあ?カントクさんは話したいことがあるみたいだったけど」
「私はない」
「うん。だと思う」
「…ほんっとむかつく」
「何とでもいいな」
至に腕を掴まれたままふぽつりぽつりと口を開く真緒にテンポよく至が返事を返す。くしゃりと真緒の顔が歪むのが分かって、至はもう片方の手で真緒の頭を撫でた。
「子供扱い、しないで、っ」
「俺からしたら全然子供だよ」
「むか、つく…っ」
「はいはい。俺は何も見てないし何も聞いてないから」
「ほん、っと…むかつ、く…っ!」
文句を言いながらも手を払い除けない真緒の声が震える。後頭部に手を回して自分の方に引き寄せるとぽすりと至の胸に寄りかかる。ぽんぽんと頭を撫でると真緒の声が、肩が震える。空を見上げると嫌味な程に澄み渡った綺麗な星空が広がっていた。
2017/08/11 執筆