まこちゃんに怒られちゃう

「で、殴られたの?ウケるんだけど。間抜けじゃん」
「黙って」
「お間抜け葉月ちゃんはご機嫌ななめでちゅか〜?」
「お前ほんとに後で覚えとけよ」

ケラケラと笑いながら私の頬を指でつついてくる原の指を掴んで本来曲がらない方向へと曲げてやる。痛いと言いながらも笑っているあたり、多分大して痛くもないんだろう。心配よりも先に煽りが来るってどういう事だよ。はあ、とわざとらしくため息をついた私を見てクツクツ喉を鳴らして笑う今吉さんにチラリと視線を向けて逸らす。

もう一度零したため息は今吉さんに向けたものだ。それを知ってか知らずか、またさっきと同じように笑う今吉さんに今度は舌打ちが零れた。これだからこの人と一緒に探索来たくないんだよ。賢い人は嫌いじゃないけれど、この人レベルになると関わりたくない。全てを見透かされているような気がするし、ついでに手のひらで転がされてるみたいで嫌だ。

「それにしても、大変やったなぁ。葉月ちゃん」
「…そうですね。大変でしたね」
「花宮も心配してたで?」
「そうですか。それはよかったですね」

図書室で入手したのはコンピュータ室の鍵だった。いかにも情報が眠っていそうな場所であることと、それが故に戦力が必要と考えた赤司によって選ばれたのは桐皇の人達と原とザキ。まあ妥当といえば妥当な采配だと思った。今吉さんがいれば仮に頭を使うような事があったとしても何とかなるし、原とザキがいれば戦力的には十分だ。

まして青峰や若松もいる今が、正直戦力的には一番強いパーティーなのではないかと思う。アイツらほどではないけれど、私も頭脳的にも戦力的にも足手まといにはならない程度には役に立つ。三階で見てない教室は、残り二つ。シャッターと階段の位置を考えてもおそらく特別教室の探索はコンピュータ室と視聴覚室で最後だろう。

西条さんの様子がおかしい事や、探索しなければならない教室の残りの数を考えても脱出まではもう間もなく、と言った所だろう。目の前のコンピュータ室の扉を見つめてからそっと目で合図してゆっくりと鍵を開ける。今まで同様にカチリと軽い音がして鍵が開き、扉を開けた今吉さんに続いて全員が静かに中に入る。

「明らかにアレじゃん」
「あそこまで露骨だと逆に怪しく見えるな…」
「罠だったとしてもかかってみなきゃ分かんねーし、ザキ行ってきてよ」
「なんで俺だよ」
「二人で行ってきてよ。私が行ったらまこちゃんに怒られちゃう」
「こういう時だけ可愛こぶるの止めろ」

入ってすぐに目に入ったのは一台だけ煌々と光るパソコン。げぇ、と舌を出して嫌そうな顔をすれば隣にいたザキも眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。原とザキの背中を押してきゅるるんと擬音が聞こえそうなぶりっ子を披露すれば、ザキがさっきよりもずっと嫌そうな顔をする。おい何でだよ。

「ま、どっちにしても行かなあかんことに変わりはないんやけど」
「そうですね。ふざけてないで行きましょうか」

こんな状況でも戯れる私達にニヤリと悪そうな笑みを浮かべた今吉さんの後ろを着いていくように、電源が入ったパソコンへと足を向ける。周囲だけじゃなく、少し後ろを歩く西条さんにも意識を向けながらパソコンの画面を見て思わず目を見開いた。

そこに記されていたのは一階から四階までの見取り図と、アイテムの位置。そして、今までに出現したゾンビの数と、この後出現するゾンビの数と場所。もちろんこの教室にも五体のゾンビが出現すると記されているが問題はそこじゃない。問題は、これがここにある事そのものだ。

「…まるでここに犯人がいた、みたいな…ってスイマセン!そ、そんな訳ないですよね!?スイマセン!」
「いや、その可能性は全然有り得るよ」
「葉月ちゃんの言う通りやな。百パーセントではないにしても、ここにおった可能性は捨てきれん」

シン、と静まり返ったコンピュータ室に響いた桜井の声にチッと舌打ちが零れた。ここにこの情報があると言うことは、ここで誰かが情報を見ていた可能性は否定できない。今吉さんが言っていた通り、初めから私達に情報を開示するつもりでこれを用意していたと可能性もあるから百パーセントではないけれど。

「でも、これで終わりが見えましたね」
「簡単に終われるかどうかは…この危機を脱してからにしよか」
「…危機だなんて思ってないのによく言いますね」

ニコリと笑った今吉さんにため息をついて視線を移し、ゆらゆらと動く黒い影を捉える。パソコンに記されていた通り、現れた五体のゾンビは真っ直ぐに私達を狙ってくる。もう殆ど痛まないが一応殴られている私を気遣ってか、私を背後に隠した諏佐さんと若松に小さくため息をつく。恐らく今吉さんの指示だろう。

まあ、イキイキしながら戦ってるウチのバカがいるし、私が出る幕もないだろう。有難く休ませてもらいながら、私を冷めた目で見つめる西条さんからそっと距離を取るようにもう一歩後ろに下がった。

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