幸か不幸か

驚く程に何もなく終わってしまったコンピュータ室の探索に違和感が拭いきれない。確かにこの状況で私に直接何かをしてくるのは愚の骨頂と言ってもいいだろうが、ここまで何もしてこないとなると少し不気味にも思えてしまう。俯いたまま特に口を開くこともなく、話しかけられるとふんわりと人好きのしそうな笑みを浮かべて当たり障りのない受け答え。まるで猫を被ってる時の私だ。

「気持ち悪いな」
「何がだよ?」
「いや、何でもない。どうします?今吉さん。次の教室、行きますか?」

手に入れた鍵は当然ながら視聴覚室のもの。特に何か特別なことが起きたわけでもなければ、誰かが怪我をした訳でもない。このまま次の教室も探索してしまっていいのではないかと提案した私に今吉さんが頷く。

「せやな。幸か不幸か…視聴覚室にはゾンビ、出てこぉへんみたいやしなぁ?」

パソコンの画面を指差してニコリと笑った今吉さんの悪そうなこと。誰に向けてのセリフなのか、は言わずとも知れているだろうが相変わらず意地悪な人だ。私達にとっては、邪魔なゾンビが出てこない事は幸運でしかない。ならば、ゾンビが出てこないことで不幸を被るのは一体誰かという話だ。

言葉の真意を理解出来ているのは私と、原とザキ。それから、諏佐さんかな。あの人も今吉さんと仲が良いだけあって賢い人だ。残りの三人は知らないけれど、青峰は本能的に何かを感じ取っているかもしれない。今までとはまるで表情が違うから。

「じゃあ、行きましょうか」

皆に、というよりも彼女に向けて放ったと言っても過言ではないセリフに西条さんがぴくりと肩を揺らす。そろそろ自分が追い込まれていることに気付いているのだろうか。それとも、余裕があるからこそのあの態度なのか。どちらにしても彼女の様子が先程と比べても異常なまでに違うことは皆が気付いていた。

ゆっくりと差し込んだ鍵を回せばカチリと軽い音を立てて鍵が開く。コンピュータ室を開けた時と同じように今吉さんがそっと扉を開けて、全員が静かに教室に入る。最後の一人が教室に入った瞬間、バタンッと大きな音を立てて勝手に扉が閉まり全員の間に緊張が走った。誰も言葉を発することなく視線を動かして様子を伺っていれば、バチリとスクリーンが明るくなった。

そこに映っていたのはどこかで見たことがあるようなスーツ姿の男で、その男を見た瞬間に西条さんの目の色が変わった。純粋な好意と、期待。ぞくりと背中を何かが這って、彼女から視線が逸らせなくなった。

「すごいな、君達は。まさか、ここまで辿り着いてしまうなんて」

ノイズと混ざった不快な音。声と呼ぶには機械的すぎるその音は私達の反応なんて気にも留めずに淡々と言葉を紡いでいく。

「そうそうに死なれてしまってはつまらないし、あの男の願いのせいもあって難易度はそこまで上げてなかったんだけど…やっぱり君達は優秀だね」

「優秀な君達に嬉しいお知らせだ。このゲームももう間もなく終わりだ。クリアに必要なのは『裏切り者の排除』と『ゲームの理解』ただそれだけだ」

裏切り者の排除。つまり、裏切り者を殺せということだろうか。それに、ゲームの理解とはどういう事なのか。まだ何か、私達の知らない何かが隠されているということなのか。

「まあ僕としては欲しいデータは全部取れたし、君達が脱出に成功しようと失敗しようとどうでもいいんだけどね。もう一人がどうしても失敗を望んでいるようだから…君達次第というよりあの男次第か」

ハハッ、と不気味な笑い声をあげる男が誰かを思い出すように目を伏せる。初めから全てを知ってる人には分かる話なのかもしれないが、私達にとっては分からない事が多すぎる。

「じゃあ、頑張ってね。もっと良いデータが取れることを期待してるよ」

プツリ。音を立てて消えた画面と、ゆっくり上がっていくスクリーン。からからとゆっくり開いた扉は、まるでここから出て行けと言っているようで気味が悪い。上がりきったスクリーンの後ろにあったのは教卓と、その上の赤い箱。見慣れた箱に反射的に西条さんが駆け寄って手をかける。

開いた箱の中には予想通りシャッターの鍵。つまり、三階はこれでクリアと言う事になる。残すは四階の教室のみだ。手の中の鍵をじぃっと見つめたまま動かない彼女に近付くことが、声をかけることが正解なのか分からずに踏みとどまっていれば原がヘラリと笑って声を上げる。

「ねぇ、その鍵さぁ、俺が持っててもいい?」
「え…?あ、はい…どうぞ」
「んじゃま、部屋二つも探索したし結構良さげな情報ゲットできたし帰ろーぜ」

西条さんから受け取った鍵を手の中で器用に転がして、私の肩に腕を回した原に連れられるがまま視聴覚室を出て歩き出す。ここまで、何もなく進んで大丈夫だろうか。ふと、そう思ってしまった。今までも、何か特別なものを手に入れる時は決して楽ではなかったし、色々と問題が発生していた。それなのに今回はこれだけ。

言いようのない不気味な感覚が足元から這って登ってくるようで気持ちが悪い。歩きながら考えるのはさっきの男の言葉の真意。ランダムに与えられる複数の分かりにくい情報に頭が痛くなりそうだ。とにかく今までに入手していたメモと、起きた事象を整理し直そう。きっと花宮達も同じことを考えるはずだから。そう心に決めて、肩に回っていた原の腕を振り払った。

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