私が嫌いなタイプの女

「全然出てこないじゃん、ゾンビ」

別に期待していた訳ではないが、ここまで何も起きないと気持ちが悪い。嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。視聴覚室を出てからずっと静かな彼女を引き連れて、洛山の面々と共にやってきたのは先程鍵を入手した4階。彼女が異常に静かなのも、物音ひとつしないこの状況も、全てがこの後に何か大きなことが起こるぞと言っているようでそっと自分の腕を擦る。

「寒いのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど…」
「静かすぎて気持ち悪いんでしょ」
「大丈夫ですよ。その感覚は朝倉さんだけじゃなく、全員が思ってますから」

私の後ろを歩いていた古橋と瀬戸が私を覗き込むようにひょこりと顔を出す。確かに生暖かい風が肌を撫でてぞくりと鳥肌が立つ瞬間もあるが、今はそれじゃない。私の考えを見透かすかのようにニコリと微笑む赤司にああ、そう…と微妙な反応をしてしまう。いやだって一応年下の赤司に気を使われてフォローされてちゃこの反応にもなるでしょ。というより、何でコイツ私の隣歩いてんの?

「今吉さんと花宮さんから目を離すなと言われてしまったので」
「…しれっと私の頭の中覗いてくるじゃん」
「まさか。そんな器用なことできませんよ。何となくそうじゃないかなと思っただけです」

肩を竦めておどけたように笑う赤司にべえ、と舌を出して嫌そうな顔をすればクスクスと赤司が笑う。言われてしまったから仕方なくやってるって事かとツッコもうかとも思ったが、赤司の事だ。どうせ上手い事返してきて私が黙る羽目になる。悪意のない純粋な行為はこれだからやりにくい。そもそも私が赤司にここまで気に入られた理由が全く思い浮かばない。正直隣を歩くのも嫌だ。心が休まらない。

4階は1年生の教室が並んでおり、トイレとホール、そして階段。今までと構造はほとんど同じで違うのは特別教室に向かう渡り廊下がない事くらいだ。先程、視聴覚室で起こった事と学校の構造を考えればそろそろこのゲームとやらも終盤なのだろう。彼女がやけに静かなのも自分の目的を達成できないままゲームが終了しそうなことに焦っているからとも考えられる。

「今まで通りならこの教室のどこかに白い紙があるはずです」
「それじゃあ、ささっと見つけちゃいましょうか」
「よっしゃー!レオ姉一緒に行こうぜ!」

何がそんなに楽しいんだ。スキップでもしそうな勢いで教室を探索する実渕と葉山に思わず眉間に皺が寄る。私もう何もしなくていいかな。勝手にやってくれそうだし。

「俺らがやらなくても勝手にやってくれそうだな」
「黛さん、いたんですね」
「最初からな。つーかアイツらもだけど、お前のとこのも緊張感ねぇよな」
「ウチの連中が緊張感持ってる時の方が少ないですよ」

いつの間にか隣に来ていた黛さんと廊下の壁に凭れかかって話をしながら教室内を探索する実渕達を眺める。古橋と瀬戸も同じように廊下の壁に凭れてぼうっとしている。教室内を探索する実渕、葉山、根武谷の側で西条さんを捕まえてる赤司の器用さには素直にすごいなと思った。疑っているなんて微塵も感じさせない穏やかな表情で彼女に話しかけて、自分以外の近くには行かないように牽制している。自分の身に危険が迫らないと分かっている環境であれば私も安心して休める。この際思いっきり休ませてもらおう。

「実際どうなんだよ」
「…何が?」
「とぼけんのかよ。あの女の事だよ」
「私が嫌いなタイプの女」
「そんなの見てたら分かんだよ。赤司もそうだけどよ、お前らがあの女を黒だって確信した理由が何かあんだろ」
「ここで私からこっそり教えてもらうのと、体育館で公開処刑見るのだったらどっちがいいですか?」
「ハッ、怖ェ女だな」

視聴覚室で見たあの男が言ってた事がこのゲームをクリアするために必要なのであれば、確実にあの女の正体を明らかにする瞬間はやってくる。すべてが明らかになった時、彼女がどんな顔をするのか、何をするのか。誠凛の奴らがどんな顔をするのか、それを想像しただけで笑みが零れてしまうのはしょうがないと思う。そんな私の顔を見てくしゃりと表情を緩めたこの人もイイ性格をしている。

「さて、それじゃあ体育館に戻りましょうか」
「あれ、もう終わったの?」
「見つかったのはこの2つだけでした」
「…なるほどね」
「相変わらず熱烈なラブレターだな」
「葉月ってほんと変な奴に好かれるの得意だね」
「私が好き好んで変な奴ひっかけてるみたいな言い方止めてくれる?」

赤司に差し出された紙を見てため息が零れた。予想していたことが、この瞬間に確信に変わった。これ以上いける場所が無いということはこのゲームとやらをクリアする為に必要なアイテムは揃ったと思っていい。今までに少しずつ集めてきた紙から導き出した真実がこのゲームのクリアに繋がる。真実を知ることはゲームの理解そのものだ。

じわじわと自分の首が絞められていく気分はどう?ねえ、西条姫華ちゃん?

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