夢見てんじゃないわよ

最後に見つかったのは彼女が今まで立ててきた仮説を全て決定づける紙だった。けれど、それは彼女を追い詰める最後の切り札だ。赤司が私を見て小さく頷き静かに口を開いた。

「これが今までに見つかったヒントから導き出した俺達の過程です」
「ま、まだ真実に辿り着くにはヒントが足りひんのやけどな」
「でも他にヒントになりそうなものなんて…」
「そう、ですよね…他に何かアイテムってありましたっけ?」

如何にもお手上げです、と言わんばかりの口ぶりで話す二人も本当にイイ性格をしている。二人の言葉に誠凛の監督と桐皇のマネージャーが首を傾げるが、誰も手を上げようとしない。そりゃそうだろう。だって誰も持っていないのだから。けれど、私と赤司にはもう一つ彼女を追い詰めるカードを持っている。

「俺と朝倉さんは、放送室で犯人と思わしき二人の男が話している声を聞いています」
「あの女はどうやって用意したのか、この世に未練があるやつに声をかけて連れてきたってね」

ここまで話せば馬鹿でも分かるはずだ。生きている私と既に死んでいる彼女を入れ替えることで、犯人の男は私を手に入れようとした。協力者と言われていた男は、ゲームに参加した人間の心理を研究したかった。だからクリアできようと出来なかろうとどうでも良かった。だから私を手に入れたい男に協力することを了承した。

探索する中で登場していた赤い色のものと、青い色のもの。そして、偽物や裏切り者と言った私達を惑わせる言葉。それもこれも全部一貫性がなかったのは用意した人間が違ったから。研究をしたい男はゲームの結果や過程がどうであれ、ゲームに参加している私達の精神状況のデータが取れればそれでよかった。だからゲームそのものの形が狂わない程度であれば誰かがゲームに手を加えても構わなかった。そのせいでゲーム内に登場するアイテムに一貫性がなかったのだ。

「私は行ってないけど、職員室で見つかったっていう青色の紙はアンタが自分で用意したんだよね。青いアイテムは私の立場を弱くするアイテムだって分かってたから、私を悪者にしたくて足りない頭で頑張って考えたんだよね」

少しずつ、彼女の正体が暴かれていく。彼女の肩が微かに震えて、ゆっくりと上げた顔は涙に濡れていて、この期に及んでまだ演技を続けるのかと呆れてしまう。もう、貴方を味方だと思って見てくれる人なんてほとんどいないのに。でも、最後のカードでその偽物の涙も枯れてしまうのよ。

「最初はね、そんなことあり得ないって思ってたの」
「…ど、どういう意味…?」
「でも、さっきアンタが赤司と一緒に楽しく探索してた時に見つけた紙が全てを教えてくれたわ」

『僕の望みは彼女たった一人。彼女さえ手に入れば後はどうでもいい。彼女をこちら側に引き入れる為のあの女だ。最終的にはもう一度死ぬんだから、どれだけ頑張ってもしょうがないのに。せいぜい僕と彼女の為に犠牲になってくれ。』

『ゲームを終わらせることはできない。心の優しい彼女が僕を許す訳がない。負のエネルギーに飲み込まれてそのままこちら側に来ればいい。ああ、早く会いたい』

犯人の望みは何度も言っているが私を自分のものにすること。だから、生きている人間を別世界に引き込む時の生贄にする為に彼女を選んだのだ。騙されていたことに気づかずに、ありもしない希望に縋りついてきたのだ。なんて憐れで、滑稽なんだろうか。

「夢見てんじゃないわよ。死んだ人間は、生き返れないんだから」

座り込んで呆然と私を見る彼女に冷たく、そう吐き捨てた。

「きっびし〜!さっすが葉月」
「おまっ、そんな言い方ねえだろ!可哀想だと思わねえのかよ!」

ケラケラと笑う原に対して、声を荒げたのは誠凛の面々。それから他校の数名。鋭い目が私に向けられて、そんな状況を好機と見たのか彼女がぽろぽろと涙を流して声を上げて泣き出す。まるで私が完全な悪役だ。

「可哀想だなんて、そんなこと当然思ってるよ?騙されて利用されて、最終的に見捨てられた奴が可哀想だって追い打ちかけられてどれだけ惨めになるかって考えたら、そりゃ可哀想でしょう?」

私の言葉に確かに、と頷いたのはウチの連中。信じられないものを見るかのような目で私を見る他校の連中を横目に彼女を見る。さあ、どうする?私の言動が酷かろうと何だろうと、貴方がこの世の人間ではないことは疑いようのない事実になった。もう言い訳も涙も通用しない。全員が納得して、貴方を味方だと思えるだけのカードを、貴方は持ち合わせていないよね?

「さあ、答えわせの時間だよ。騙されて利用されてただけの可哀想なお人形さん?」

挑発するように鼻で笑えば、彼女の雰囲気が一気に変わった。キッと私を睨みつけるその目が怒りに満ちていてニヤリと笑みが零れる。怒りに任せて知っていることを全部話せばいい。怒りで理性を失った人間は書く仕事が出来なくなるから。ゆらりと立ち上がって私を見る彼女の唇が微かに震える。その震えがどんどん大きくなってわなわなと震える唇が小さく言葉を紡いだと思った瞬間だった。彼女がスカートのポケットに手を入れて走り出す。彼女を引き止めようとした黒子達が伸ばした手が空を切って、鈍く光る銀色が私を捉えた。

ALICE+