知ってること、全部話しな

迫ってくる銀色のナイフの先は震えていた。そんな生半可な覚悟で生き返ることが出来ると、本気で思っていたのだろうか。仮に本当に私と入れ替わることで生き返ることが出来るならどんな手段を使ってでも私を排除すべきだ。

「そんなに怖いならこんな誘いに乗らなきゃよかったんじゃない?」

私に向かって突き出されたナイフを半身で避けて、彼女の手首を掴む。そのまま引き倒すようにして腕を引き、首根っこを押さえつけて床に引き倒す。あんなにゾンビをなぎ倒してた姿を見ていたはずなのに、どうして勝てると思ったのか。不意打ちなら勝てる思っているなら大間違いだ。

「痛い目に遭いたくなかったら知ってること、全部話しな」
「待って、どっちが悪役か分かんねぇじゃん」
「うっわ葉月さん超悪い顔してる」

彼女の上に跨り、体重をかけて押さえ込む。ナイフを握る彼女の手首をひねり上げればカランと小さな音を立ててナイフが床に転がる。素早くそのナイフを拾い上げた原が私を見ながらケラケラと笑う。私の下で離せと声を荒げる西条さんに今までの面影はない。離せと叫ぶだけで一つも情報を話そうとしない彼女に小さくため息を吐く。

「あぁ、そっか。アンタみたいな下っ端は何も教えてもらえなかったってことか。そりゃ自分の言う事を文句ひとつ言わずに聞いてくれる可愛い可愛いお人形さんには都合のいいことしか教えないよねえ」

ごめんごめん、と声を上げて笑う私に彼女が唇を噛みしめて今までとは非にならない程の鋭い目で私を睨みつける。

「あの人は、あの人はそんな人じゃないわ!私を生き返らせてくれるって!私が大切だってそう言ってくれたの!離して!私は貴方になるの!」

涙を流してそう叫び続ける彼女は本当に何も聞かされていないのだろう。大方ゲームが失敗するように動け、だとか邪魔をしろだとか。そんな雑な指示だけが与えられていたのだろう。うるさい、離せ、と子供のように泣き叫ぶ彼女を見下ろしてから赤司に視線を向けた。

「この子、どうする?始末する?」
「いや始末って」
「人を殺そうとしたんだから殺される覚悟も当然あるでしょ」

まあこんな奴の為に殺人なんて起こす気はないが、脅して多少でも効果が得られるならやらないよりマシだ。私たちの判断一つで自分の命が失われる危険があることが分かれば彼女の行動を牽制できる。この先彼女に好き勝手動かれるのはあまり得策とは言えない。

「いえ、彼女に危害を加えて何が起こるか分からないので」
「あっそ。良かったね、もう一回死なずに済んで」

きつく押さえつけていた手を緩めて彼女の上から退けば、ふらふらと体育館の隅へと足を進めて小さく膝を抱えて座り込む。そんな彼女の元に駆け寄る誠凛の連中にうげえと舌を出したのは私と原。なんでこの状況で積極的に寄ってくんだよ。ほんと、そういう所が嫌いなんだよ。自分たちをヒーローか何かだと思ってるのかな。それでも彼女に近付いていくのは誠凛だけで、他の奴らは静かにそこに座ったまま。何を考えているのかは知らないし、知るつもりもない。

「で?この後どうすんの?」
「アイツの正体バラしてはい終わりって訳じゃねえだろ」
「そうなんだよね。完全に詰んでる気がしてさ」
「まあ花宮達が上手い事やるんじゃない?」
「また一通り探索する、なんて言われても困るんだがな」
「いやさすがにそれは…」
「ない、だろ。なあ?」
「私に聞かないでよ、知らないわよ」

彼女の正体が明らかになった、だから何だと言う完全な詰みの状況になってしまった。やはり、ゲームのクリアに必須な『裏切り者の排除』が必要ということか。だとしたらどうあっても彼女に手を下すしかないということになってしまう。誰がやるのかという疑問もさることながら、果たしてできるのかという部分も引っ掛かる。別に私達だって人を殺めても平気なメンタルを持ち合わせているかどうかは分からない。やったことないし。

「思ってたよりもずっと早かったね。さすがだよ」

ゾクリと背筋が凍るような感覚と、背後に感じる不気味な気配。誰かいる、それなのに振り返れない。さっきまで誰もいなかったはずなのに、一体どこから?誰かに後ろから抱きしめられているような感覚が振り払えない。自分の体を見ても何もないのに、感覚だけがべっとりと張り付いている。意を決して後ろを振り返った私の目の前に広がったのは体育館の壁。

そうだ、私はさっきまで壁に凭れかかるようにして座っていたんだ。背後に人なんて立ったり座ったりできる場所なんかない。自分が標的だと思っているから過剰反応しているだけだ。そう思い込んで視線を正面に戻してひゅっと息を飲んだ。

「久しぶりだね。葉月」

するりと撫でられた頬と、触れた手の冷たさに全身が危険だとアラートを鳴らす。

一体、誰なの。

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