すごい偶然ね

男の隣で涙を流していた西条さんの瞳が揺れて、くしゃりと顔を歪める。差し伸べられた黒子の手をしっかりと握った彼女を誠凛の連中が守るように取り囲んで男と距離を取る。ああ、本当にうざったい。心底吐き気がするし、気持ちが悪い。ただでさえ気分が悪いのにこんなバカみたいな友情ごっこ。お金を払って回避できるならぜひとも払わせてほしいと懇願するレベルだ。

「お前が嘘をついてたとしても俺たちが一緒にいた時間は本物だろ」
「日向先輩…」
「姫ちゃんがいてくれたからここまで来れたのよ?」
「リコさん…っ、」

一体何分続くんだ、この茶番劇は。仲間だとか、友情だとか。心底くだらない。そんなことを言われてもあの男が私を騙した事実は変わらないわ!どうせ死ぬなら最後にあの男をぶっ殺してやる!くらいの気持ちがあるならまだ見てられるけど、私達の大嫌いなタイプの茶番劇だ。

「なんだっけ。裏切り者排除すればいいんだっけ」
「おい一哉、さっさとあのバカ女殺して来い」
「いやマジで行って良いなら行くけど?」

「姫さんは僕達の大切な仲間でしょう?」
「わたし、さみしかったの…っ、さいごに、だれにもおわかれいえなくてっ…だから、」
「姫が生きてた頃の友達がお前を忘れてたとしても、俺達はお前を忘れないさ」
「わたし、みんなにあえてよかった」

キラキラ友情劇が繰り広げられる中、先程西条さんから取り上げたナイフをくるくると手の中で弄ぶ原に全員が視線を向ける。よし、花宮が許可したからさっさと行って始末してこい、なんて馬鹿げた話をしていればどうやら話は纏まったようだ。ぽろぽろと涙を流していた西条さんの姿がすうっと透け始めて、ありがとうと笑いながら消えていく。現世への未練がなくなって成仏でもしたのだろうか。

どこに感動するポイントがあったのかは甚だ疑問だが、ずずっと鼻を啜るような音が聞こえてくる。桃井や相田に関しては完全に泣いていてマジで分からない。彼女の意思でこの世界から消えたわけだが、これも排除には入るのだろうか。そう思った瞬間、ぐらりと地面が揺れて窓の外の景色が歪む。まるで彼女の存在が消えたことでこの世界が形を保っていられなくなったようだった。

「最後の最後まで役に立たない女だな…チッ、アイツがいなきゃ、この世界の形が崩れるだろうが…」
「騙して連れてきて、あんな酷い仕打ちまでして、挙句の果てに彼女を役立たず扱いなんて…どこまで彼女を馬鹿にする気ですか!?」

「うるさいな。あの女の負の感情がこの世界を作り上げてた基盤の一つだったのに、勝手にいなくなったんだ。役立たずじゃなかったら何なんだ」

怒りに震えていた黒子だったが、男の冷たい目に一歩足を引く。その目はまだ何かを企んでいて、警戒心からすっと顎を引いた。あの男が何をしたとしても、私に手を出す可能性は少ない。付け入る隙があるとすれば、私が動くのが一番安全だ。そう思いながら男を見た瞬間、ニヤリと笑った男と目が合った。

「良いことを教えてあげようか、葉月」
「脱出の方法でも教えてくれるの?」
「いや?君が絶望して僕と永遠の時を過ごせるようになる為の方法さ」
「へえ、それは是非聞かせて欲しいわね」

この世界の基盤の一部だったものを失って、少しずつ崩れ始めている世界の中で一体何がこの男の自信になっているのかは正直気になる。私を絶望させる方法があるなら是非とも聞かせて欲しいと思ったのは嘘じゃない。

「君の母親を轢き殺した犯人がいただろう?あの男は僕の患者だったんだ」
「へえ、すごい偶然ね。それで?」
「幸運なことに彼には家族がいなくてね。僕は彼が使えると思ったんだ」

昔の思い出に浸るようにうっとりとしながら語る男の目が期待の色で私を見る。

「だから、彼に薬を渡した。痛み止めと偽って睡眠薬をね」

ざわりと心が騒いだ。勘の良い人達はもう気付いたかもしれない。現にウチの連中は信じられないものを見るかのような目で私を見ているし、他校の人達も何人かは心配するような目で見ていた。

「そして、彼と君の母親を、同じ日、同じ時間に同じ場所に呼び出したんだ。彼には車を運転する前に薬を飲むように伝えてね」

成功する可能性は低かった。もしかしたら男は別の人を轢いていたかもしれないし、轢かれたとしても母は助かっていたかもしれない。けれど、男の思い描いた通りのシナリオで事は進んだ。

「僕がそうなって欲しいと思った通りに彼は君の母親を轢いてくれた!そして、君の母親は死んでくれたんだ!僕の願いの為に!」

腕を広げて天を仰いだ男がにんまりと満足気に笑う。つまり、事故死だと思っていた母はこの男の手によって死ぬように仕向けられていたんだ。バクバクと心臓が音を立てて、呼吸が少しずつ荒くなる。誰かが私の名前を呼んでいるけれど、ぼんやりとしか聞こえない。

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