笑わせないでよ

「葉月、話はまだ終わってないよ」
「…そう、みたいね」

俯く私にかけられた声が至極愉しそうで、チッと舌を打った。私が考えている一つの最悪のシナリオがもし真実だったら、私はどうしたらいいんだろう。

「君の母親が死んで、ショックで何も手につかなくなった君の父親に薬をあげたのも僕さ」

医者の立場だった男が、患者に薬を与えることを不審に思う人なんていない。与えた薬を誤った用法用量で飲んだとしても薬の成分が違法でなければ医者が責任を問われることはない。どんな理由であれ、父は自ら薬を大量摂取して自殺したのだ。誰も悪くない。悪いのは、自殺を選んだ父だ。

「それって…朝倉さんの両親をあの男が殺したってことっスか…!?」
「それで葉月さんを絶望させられる方法ってことかよ…!」

全員が信じられない事実に言葉を失う中、黄瀬と高尾が声を上げる。両親が死んだことで、私は親戚の家をたらい回しにされてきた。だからこんなにも歪んだ性格になったわけだし、悲劇のヒロインぶる気はないが苦労だって沢山してきた。自分の両親を殺した相手が目の前にいるという事実を叩きつけることで私が絶望すると、男は思った。だから、このタイミングで私に話をしたんだ。

「悲しいだろう?僕が憎いだろう?良いんだよ、それで。君がそうやって、負の感情に飲まれてくれれば僕の願いは叶うんだ。君と永遠に一緒にいられる世界を作りたかった。だからいろんな研究をしたんだ。

でもその研究に君を巻き込めば、失敗した時に君を殺してしまうと思ったから君以外の人で何度も実験したんだ。そしてあの男と出会って、一緒にこの世界を作り上げた。

あの男は自分の研究がしたいだけだからシステムは全て僕に一任してくれた。最早、あの男が離脱したこの世界でルールなんて無いようなものさ!だって僕が好きにルールを決められるんだから!」

さあ、僕に絶望した君の顔を見せてくれと男が私の名前を呼ぶ。肩が震えて、口から声にならない音が漏れる。

「ふっ……ふ、くくっ…あっはははは!!なるほどね。私を絶望させる方法ってそういうこと?あはははは!!笑わせないでよ。そんなこと別にショックでも何でもないわ」

今までずっと我慢してたが、無理だった。声を上げて笑う私に皆がぎょっとしたように目を見開く。あー、面白い。こんなんで私を絶望させられると本気で思っていたなんて。母が死んだのは事故だ。犯人の男が薬を飲んでいても飲んでいなくても、母が轢かれない可能性は十分にあった。それでも死んだのは母の運が悪かっただけだ。

父の自殺についても同様だ。母の死に精神をやられたのは父の心の弱さが原因だ。仮に薬を与えられていたとしても父がその薬を飲まない選択肢を選ぶことはできたはずだ。それでも父は薬を飲んで死んだ。ただそれだけだ。私からすれば両親は別に誰かに殺されたわけじゃない。

「両親の死にアンタが関わってるってのは結果論にしか過ぎないじゃない。別にアンタがいなくても、両親が死んでた可能性は大いにある。それに、両親がいないことを恨んだことなんて一度もないのよね、私。今、最高に楽しいし?悪いけど、アンタじゃ私を絶望させられない。残念だったわね。もう少しか弱い女の子だったら絶望させられたかもしれないのに」

そう言って笑った私に男がわなわなと震える。男の表情が真っ青になっていくのに比例するように少しづつ空間に歪みが生じる。

「あ、あぁ…どうして、どうして君は笑ってられるんだ…!何が君をそうさせたんだ…!僕の君は、そんな子じゃない…!」

「アンタさあ、どうしてほしいんだよ」
「葉月に恨まれたいのか好かれたいのか全然分かんねえ」
「一緒にいたいなら監禁でもすればよかっただろ」
「二人きりの世界とか欲張ったからこうなったんでしょ」
「ふはっ、残念だったなあ。お前が好きで好きで堪らなかった葉月ちゃんがこんなのになっちまって」
「こんなのって言わないでもらっていいです?」

崩れていく空間の中で違う違うと繰り返す男を静かに見下ろす。一瞬だけ私を見て涙を流した男が文字通り、崩れ落ちて砂になる。直後、地面が大きく揺れてふわりと体が浮く感覚に襲われる。聞こえてきた悲鳴に視線を向ければ地面に開いた大きな穴が勢いよく広がって、あっという間に私の体も落下した。

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