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待ちに待った千秋楽。初演は自分で買ったチケットで見に来たが、やっぱり千秋楽となると雰囲気が全然違う。ドキドキしながら会場に入り、チケットを受付の人に渡すと関係者と書かれたパスを渡される。

受付の人には関係者席に行ってくれと言われ、よく分からないまま関係者席に向かう。関係者席には女の人が一人座っていて、声をかけるべきかと困っているとクルリとその人が振り返る。私を見て何度か目を瞬かせた後、パッと顔を輝かせて近づいてくる。

「もしかして、名字名前さんですか?」
「あ、はい。そうですけど…」
「わあ!綴くんの言ってたとおりの子だ〜!」
「綴さんのお友達、ですか?」
「あ、自己紹介が遅れてすみません!私、MANKAIカンパニーの監督をしてます。立花いづみです」
「か、監督さん!?あ、えっと、そのこの度はご招待ありがとうございます…!」

突然言い当てられた名前と、彼女の口から出た彼の名前に首を傾げる。まさか、監督さんが公演開始直前にこんな場所にいるなんて思わないし、監督さんが私のことを知っているなんてもっと思わなかった。お陰でワタワタとしてしまい、監督さんに笑われてしまった。

どうぞ、と彼女の隣に座るように促されて恐る恐る腰を下ろす。舞台に近く、良く見える完璧な位置で、さすが関係者席…と思わず感嘆の声が出た。隣でクスクス笑う声が聞こえて、目線を向ければ私を見て監督さんが笑っていた。

「笑ったりしてごめんなさい。あまりにも綴くんが言ってた通りの子だったから」
「綴さんが…?」
「小さくて可愛い子だ、って」
「か、可愛くなんて…」
「それに、今回の脚本のことですごく助けてもらったって」
「私なんか何もしてないです…!綴さんが頑張ったからです」
「ふふ。そうやって相手を素直に褒めることが出来ることいい子だって綴くんが言ってた」

監督さんの口からポンポン飛び出す言葉にどんどん顔が熱くなる。本当に彼が言っていたという保証はどこにもないけど、初めて会った彼女がこんなことを言うってことは、彼女と私をつなぐ唯一の接点である彼が何かを言ったということで…。彼に褒められたという事実と、彼が私のことを監督さんに話すくらい仲良くなれていることが嬉しくてじんわりと心が暖かくなる。

心は暖かいけれど顔はびっくりするくらい熱くて、パタパタと自分の手で熱を飛ばすように煽ぎながら腕時計に目を落とす。時刻は公演10分前を示していて、私までドキドキと緊張してくる。隣に座っていた監督さんがそっと席を立って舞台袖に消えていく。彼がそこにいると思うと一層ドキドキしてくる。

監督さんが戻ってきて数分後、ゆっくりと幕が開き公演が始まる。彼は今回主演で、出番もセリフも今までとは段違いに多い。優しくて柔らかい彼の演技に引き込まれる。初演を見ているから内容や展開は分かってるはずなのに、ラストシーンに差し掛かってから涙が止まらない。ポロポロと溢れる涙をハンカチで抑えて、舞台をしっかり目に焼き付ける。

「「ありがとうございました!」」

拍手の音と、彼らの声が劇場内に響き渡る。舞台の上にいる彼と目が合って、ぶわりと顔に熱が集まる。そんな私を見て小さく笑った彼に見とれて固まった私に監督さんが声をかける。ハッとして返事をすれば案の定クスクスと笑われていた。恥ずかしさで顔を俯かせる私の手を取って、監督さんが楽しげに笑った。

「楽屋に行きましょう!」
「……はい?」
「綴くんもきっと待ってますよ!ほら!」
「え、でも、まっ…!」

半ば引きずられるようにして連れてこられた舞台裏。部外者の私が入っていいはずがない場所に足を踏み入れてしまったことに戸惑いを隠せずにキョロキョロする私を見て監督さんがまた笑う。扉を開けてお疲れ様!と入っていく監督さんの後ろに続くことなんてできずに固まっていると、彼が扉の向こうから顔を覗かせた。

「よかった…。来てくれたんすね。ありがとうございます」
「あ、こちらこそ!すっごく感動しました。素敵な時間をありがとうございます」
「ははっ、そう言ってもらえると頑張った甲斐があるっす」
「本当に、お疲れ様。綴くん」
「っ…!あー、ありがとうございます」

私を見てホッとした表情を浮かべる彼にお礼を言えば、いつものくしゃりと笑う顔を見せてくれる。彼が寝る間も惜しんで脚本を書いてたことも、遅くまで練習して寝不足だったことも、知っているからこそ今回の公演が大成功に終わって本当によかったと思ったらふわりと頬が緩んだ。

私の顔を見て、彼は目を丸くした後手の甲で口元を隠して目を逸らしながら戸惑ったように返事をしていた。いつもと違う様子の彼にどうしたのか、と尋ねても何でもないと言われてしまい、それ以上追求することは出来なかった。その後、あのシーンがよかった、あのセリフが好きだったなんて話をしていると、部屋の中から彼を呼ぶ声が聞こえた。

「あっ…!引き止めちゃってごめんなさい」
「全然大丈夫っす。俺も感想聞けて良かったし」
「私も、すごく楽しかったです。じゃあ、また学校で」
「名前さん、今日はほんとにありがとう」
「私こそ、ありがとうございます。すっごく楽しかったです」

彼が扉に目を向けて苦笑いをするから、慌てて会話を切り上げる。焦る私にやんわりと微笑んだ彼にもう一度お礼を言って背を向ける。いつまで経っても扉の開く音がしなくて、私の姿が見えなくなるまで待っていてくれてるんだと分かった。親友の彼女が恋愛ってね…なんて話をしていた時、全く興味の無い素振りを見せていたあの時の私が今の私を見たら驚くだろう。どんな些細なことでもドキドキする、この気持ちを恋と呼ばずして何と呼べばいいのだろうか。

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