それは私も大概だった

※毎度の事ながら原がクズ※

本屋に用事があってふらっと街中まで遊びに来たことをこんなにも後悔する日が来るとは思っていなかった。真正面からニヤニヤとムカつく笑みを浮かべて歩いてくる原と間違いなく目が合って、逃げるように踵を返したけれど手遅れだった。

「どーこいくの」
「人違いじゃないですか。ほら、彼女さんこっち見てますよ」
「はあ?彼女とかいねーの葉月が1番よく分かってんだろ」

背後から肩に腕を回してこめかみにちゅ、とキスを落とす原の顎をぐいぐいと押し返す。ケラケラと笑い声をあげる原と、そんな原に絡まれて心底嫌そうに顔を歪める私を見て先程まで原と一緒にいた女が表情を変える。憤怒と嫉妬。最悪だ。まだ嫌悪の方がマシたと思えるほどに私が一番嫌いな目でこちらを見る女の姿に舌打ちは我慢できなかった。

「あ、そうだ。お前もう帰っていいよ。じゃあねん」
「なっ…!?ちょっとどういう事よ!一哉!今日は一日私と一緒にいてくれるって約束でしょ!?」
「そんな約束したっけ?覚えてねーよ」
「んなっ…!それならさっきのホテル代もレストランの支払いも、全部金出しなさいよ!」
「え、待って?俺さぁ、お前が金出してくれるなら一緒にいてあげてもいいよって言ったんだけど?」

そして目の前で繰り広げられるクソみたいな会話。多分、というか十中八九間違いなく百パーセントで原が悪いんだろう。女の言動の馬鹿さを見るに多少内容を盛ってるだろうし、原はシンプルに嘘をついている可能性が高い。総じて原が悪い。何よりも私をこのクソみたいな状況に巻き込んだ原が一番悪いに決まってる。

「さーて、カラオケ行く?ボーリング?」
「行かねぇよ」
「あ、本屋行ったん?何買ったの?見してよ」
「はぁ?嫌なんだけど。てか離して」

ぎゃあぎゃあと文句を言う女に見向きもせずに私に絡んでくる原にため息が零れる。何なんだこのバカ男。とは言っても私を見て悔しそうに顔を歪める女を見るのは気分が良い。毎度のことながら原には何を言っても暖簾に腕押し。それなら私が言うべきは、原じゃなく目の前の女だ。

「コイツ、最低でしょ」
「はあ!?見たら分かるでしょ!?」
「私うるさい女嫌いなのよね。アンタもしかしてわざと連れてきた?」
「まっさか〜!ていうか、お前俺のセフレ全員嫌いじゃん」
「当たり前でしょ。男の前でだらしなく足広げるだけの馬鹿女を好きな奴なんていないわよ」
「あんっ、たねぇ…!黙って聞いてれば何なのよ!一哉に気に入られてるからって調子乗んないでくれる!?」

世間話くらいはしてやろうかと思っていたのに相手の方はその気がないらしい。目を釣りあげて、真っ赤な顔で私を怒鳴りつける姿はお世辞にも美人とは言えない。まあ元々そんなに美人じゃないけど。
口では勝てないと思ったのか、手を出す方が早いと思ったのか。何を考えたのかは知らないが勢いよく振り上げた手が降ろされる。黙って殴られてやるのは癪だと、その手を掴もうと私が動くよりも早く原が動いた。

「今、何しようとした?」
「いっ…痛い!ねぇ、一哉ぁ!」
「お前ごときが何で葉月のこと殴ろうとしてんの?は?今ここで死にてぇの?」
「ひ…っ、いっ、たぁ…!まって、ごめんなさい…!ちがうの、ちがうの…!」

振り下ろされた女の手首を原が捕まえてひねりあげる。女が膝をついて、経験したことの無い痛みにボロボロと涙を流して許しを乞う。久しぶりに見る原のマジ切れに苦笑いを浮かべながら女の腕を掴む手をそっと離す。

「折ったら問題になるから辞めなよ」
「はあ?折れるくらいどうってことないでしょ」
「どうってことあるから。ほら、離して」
「ひっぐ、ごめんなさい…!ごめんなさい、ごめんなさい、…っ、」

自分の腕を抱えるようにしてボロボロと泣きじゃくる女に哀れみの目を向けて、それから小さく鼻で笑う。身体的な苦痛だけで済んで良かったと思うべきだ。私だったら痛いだとか苦しいだとか、そんな温い感情で満足なんてしないから、どうやって追い打ちをかけてやろうかといつもなら考える。

それでもそれをさせないのは、原が私よりもキレているから。こういう時は誰かが第三者もしくは客観的な視点でいないと後々に取り返しが付かなくなる。だから私は原を止めたし、これ以上彼女にどうこうする気はない。

「マジでウッザ。二度と俺の前に顔見せんなブス」
「いやきっつ」
「早く行こーぜ。俺ゲーセン行きたい」
「自由かよ。つか腕離して」
「やだ」
「可愛くねーよ」

座り込んで何度も謝る女に背を向けて歩き出す。明らかに男女の揉め事であることも起因してか、誰一人女に声をかけようとはしない。私の肩に腕を回したまま上機嫌で歩く原に、笑いながら足を進められる私も大概クズだと鼻で笑った。

ALICE+