虐められる方が愉しいに決まってる

少し前から始まった所謂虐めに、正直もう飽きていた。毎日同じボキャブラリーでの暴言と陰口。気にしている訳じゃないし、傷ついてもいないけれどムカつかないとは言っていない。私の机の中に入っていた紙を部室で広げて眺めていれば後ろから原が覗き込んでくる。

「ぶふっ、性悪だって。合ってんじゃん」
「私もそう思ってた。ビッチは間違ってるけどね」
「それな?だって葉月処女だし?」
「死ね」

ケラケラと笑う原を睨みつけて小さくため息を付けば、今度は横からザキが心配そうに覗き込んでくる。眉間にシワを寄せて紙をつまみ上げたザキが散らばった紙を見てはうげぇ、と顔を歪ませた。

「大丈夫か?」
「何が?」
「何って…それだよ。ずっと続いてんだろ?」
「平気。そろそろ片付けるし」

心配そうなザキにケラケラと笑いながら答えれば、私の顔をマジマジと見てから顔を歪ませる。何で私を見て嫌そうな顔してんだよ、と目で訴えかければザキは逃げるように私から目を逸らして、それを見た原はケラケラと笑いながらザキに絡み始める。ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた二人を横目に虐めが始まった時から目星を付けていた犯人達を思い浮かべてどうしてやろうかと口角を緩めれば、真正面に座っていた古橋がふっと表情を緩めた。

「何?」
「いや、随分愉しそうだと思ってな」
「分かる?」
「口元がニヤついてるからな」

私の口元を指差した古橋が肩を竦めながらふっと笑うから、咄嗟に両手で頬を押さえてむにむにと上下に動かす。傍から見て言われるくらい表情が緩んでいたのか、と驚きながら古橋を見つめ返せば気付いてなかったのかと古橋も驚いたような顔で私を見た。

翌日、机の中に入っていた紙を見て緩みそうになる頬に力を込めた。呼び出された通り裏庭にやってくれば、学年の中でも目立つ部類の女子達が五人立っていた。少しの間離れたところから様子を伺っていれば、苛立った様子で辺りを見回していて私を探しているんだろうなと笑いそうになる。

もう少し彼女達の間抜けな姿を拝ませて貰いたいけれど、部活の時間が迫っている以上いつまでもここにはいられない。ひょっこりと顔を出して少し俯きながら彼女達に近付けば、彼女達は濃い化粧で真っ黒になった目を吊り上げて遅いと怒鳴った。

「遅いも何も、時間指定はされてなかったし…」
「グチグチ細かいこと言ってんじゃねーよブス!」
「ていうか花宮くん達に近付きすぎなのよ!誰彼構わず近付いてんじゃねーよ!このビッチ!」

態と声を震わせて怯えているような様子を見せれば彼女達はこれでもかと言う程にぎゃんぎゃんと騒ぎ始める。うるさいなぁ、と思いながら黙って聞いていれば飛んでくるのは同じような言葉ばかり。正直バリエーションがなさすぎて飽きてしまう。暫くの間大人しく聞いていたけれど聞くに絶えないつまらない暴言に大袈裟にため息を零してしまった。途端、彼女達は驚いたような顔をして言葉を詰まらせる。

「あら、ごめんなさい。あまりにもつまらなくて、ため息ついちゃった」

肩を竦めてバカにしたようにふっと鼻で笑えば彼女達の顔が真っ赤に染まって何度も聞いた罵倒の言葉が飛んでくる。きゃんきゃん吠える姿はまさに犬。負け犬の遠吠えだとか弱い奴ほどよく吠えるだとか、そんな言葉の通りだ。私の言葉に苛立った表情で近付いてきた一人の女子が、私の胸倉を掴もうと手を伸ばす。その手を払い除けて思い切り足を払えば彼女はぐらりと体制を崩して尻もちをつく。

「なに驚いた顔してるのよ。貴方達にされたこと、そっくりそのまま返しただけなんだけど」

廊下ですれ違う度に足をひっかけられていた事を私が泣き寝入りしていたとでも思っているのだろうか。やられた分は当然返させて頂くし、何倍にもして返してやらなきゃ気が済まない。少し考えれば分かるだろうに、きっと彼女達はそんな事微塵も考えてなかったんだろう。

「さて…と。とりあえず今までのイジメに関してはこの後然るべき所に報告させてもらうとして…」
「ちょ、ちょっと…!それどういう事よ…!」
「どういうって…分かんないの?」

私の言葉に焦ったように声を荒らげた彼女達を見て堪らず笑いが零れてしまう。あははっ、と声を上げて笑えば彼女達はゾッとしたような顔で私を見る。あぁ、もうほんと、その顔堪んない。

いつもプレゼントされていた紙は筆跡鑑定をすれば誰が書いたのかすぐに分かる。足を引っ掛けられた事で出来ていた痣は写真を撮って日付やその日の天気やニュースと一緒に保管してある。その他にも私への陰口や暴力を見ている人達は沢山いるのだから、第三者からの証言も確実に貰える。私がこんな絶好の機会を逃すわけがないのだ。

それらを淡々と説明すれば彼女達は青ざめた顔で必死に謝ってくる。漸く自分達のしていた事がどんなに不味い事だったのかに気付いたのだろう。けれど、私が欲しいのは謝罪なんかじゃない。

「ちゃんと謝ってくれるなら、考え直すわ」
「っ、ごめんなさい…!私達が悪かったの!もう二度と、もう二度としないから!ごめんなさい…!」

震えた声で何度も謝罪を繰り返す彼女達に初めは我慢していられた。でも、その我慢も長くは続かない。クツクツと我慢できなかった笑い声が零れて、徐々に大きくなる。終いには腹を抱えて笑い始めた私に彼女達が呆気に取られる。

「あっはははっ!本気で私が許すとでも思ったの!?そんな訳ないじゃない、バァカ!ほんっとバカだバカだとは思ってたけど、ここまでバカだとは思わなかったわ!」
「ぶふっ」

ゲラゲラと笑う私の後ろで聞こえた笑い声は多分原だ。今日呼び出しを食らったことをザキに話してあったから多分ザキがチクったんだろう。気配的に恐らく全員来ていて、様子を伺っていたけれど私の言葉に我慢できずに原が吹き出したと言ったところだろうか。

チラリと視線を向ければ古橋と目が合って、ジトリと睨みつけると肩を竦めて影から出てくる。突然現れた花宮達に驚きを隠せない彼女達に追い打ちをかけるように笑顔で口を開く。

「だぁいすきな花宮くん達にこんなとこ見られて、しかもイジメの主犯として報告されて…アンタ達の学校生活もこれでおしまい。最後に憎い相手を虐めていい気分に浸れて良かったわね」
「うっわ、性格悪」
「瀬戸黙って」

へなへなと力をなくして座り込んだ女の子の頬を優しく撫でてにっこりと笑えば後ろで聞いていた瀬戸が嫌そうな声を上げる。ギロリと瀬戸を睨めばニヤニヤしてるのは花宮と原だけでザキと瀬戸は完全に引いた顔をしていた。古橋に関してはふっと表情を緩めて楽しそうだな、なんて言うから思わずお父さんかよとツッコんでしまった私は悪くない。

呆然とする彼女達に背中を向けてひらりと手を振りその場を立ち去れば背後から聞こえてくる泣き声と悲鳴。そう、あの顔とこのリアクションが見たかったの。散々嫌った相手に陥れられて、自ら破滅の道に進んだ自分の愚かさに気付いて絶望するあの顔が見たかった。

「ほんっと、これだから虐められる側って楽しいのよね」
「ふはっ、ほんっと趣味悪ィな」
「花宮に言われたくないんだけど」

ぺろりと唇を舐めて頬に手を当ててうっとりとすれば隣を歩いていた花宮が今度こそ引いたような顔をして私を見る。私がたまたま趣味の悪い人間だった訳じゃない。趣味の悪い人間が、たまたま集まっちゃったってだけ。ほら、類は友を呼ぶって言うじゃない。

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