余計な荷物は持たない主義なので

※いろいろ特殊(雑)

目が覚めたらジャングルでした。

そんな始まり方をする小説があったら、その瞬間に閉じてる。そう思うほどにありふれていて、くだらない。そう思っていたけれど、いざ自分がその立場に立つとそれ以外に言葉が見付からないものだ。

「どういう事?」
「俺に聞くな」
「IQ160何とかして」
「いやIQ関係から」

重たい体を起こして辺りを見る。私と、それからいつもの見慣れた五人。そして、知らない人が十人程度。全員見覚えはないし、知り合いではないだろうからどうでもいい。

目を覚ましている私と花宮、瀬戸の三人に対して未だすうすうと呑気に寝息を立てているバカ三人を文字通り叩き起す。最初に目を覚ました古橋が寝ぼけ眼で私を見てからきょとりと首を傾げて、辺りを見て目を瞬かせた。

「おい、原。起きろ、ザキも。面白いことになってる」
「んん…なにぃ…?」
「あ、ぁ…?なんだよ…」

何でテンション上がってんだアイツ、と花宮と揃って顔を顰めたのも束の間。目を覚ました三人は辺りを見てきゃっきゃっと盛り上がり始めた。だから何でテンション上がってんだよ。

「うっわ何これどういう状況〜?」
「起きて早々ダル絡み止めて。ほんと止めて」

ウケる〜とはしゃぎながら絡んでくる原にゲンナリしながら花宮を見る。眉間に皺を寄せていた花宮は、少し離れた場所で目を覚まし始めた男女に目を向けてから目を伏せた。つまりは、このままここにいろと言う事。まあ妥当な判断だろうと思った。

何が起きているのか分からない状況でやみくもに動き回るのは得策じゃない。加えて彼らが何か情報を持っている可能性も捨てきれない。人好きのしそうな笑顔を浮かべて話を始めた花宮を横目に周囲を見て回る。

「潮の匂いってことは…海があるってことか…」
「おい見ろよ、おもしれぇモン見つけたぞ」
「ナイフに銃に手榴弾まであるじゃん。何かいんじゃねーのここ」
「可能性はあるかもね。見てみなよこれ」
「足跡、か?デカイな…何の生き物だ?」

持っておくに越したことはないだろうと、全員がそれぞれ武器を持ち花宮に視線を戻して思わず頬が引き攣った。おいおいおい、こんな映画みたいなことが現実で起こるなんて有り得ないだろ。私達が先程まで倒れていた場所からほんの少しだけ行った場所にいたのは大きな、獣のような、何か。

「は、はは…笑えねェだろ、アレ…」
「あんな生き物実際に存在するのか?」
「してるからいるんじゃん…?」
「呑気に話してる場合か」
「花宮連れて逃げるよ」

現実逃避したくなるのも当然だ。あんな、大きさの生き物が現実にいてたまるか。そうは思っても、例えこれが夢だったとしても、簡単に死んでやるのはゴメンだ。

周りの奴らが気付いていないのをいいことに、我々はさっさと逃げさせてもらう。そっと花宮に近付き、状況を耳打ちすれば花宮は怪訝そうな顔をしてから視線を動かして額に手を当てた。何でこう面倒なことばっか起こるんだよとでも言いたげな態度には激しく同意だ。

「ね、ぇ…なんか、変な音しない?」
「そういえば、さっきから何か…」
「お、おい、あれ…!なんだよ!」

風が吹いて木が揺れる。風に乗って届いてしまったヤツの呻き声に彼らが目に見えて狼狽える。大きな声出すなよ、と思った瞬間だった。ヤツの姿を捉えた男子が立ち上がって声を張り上げる。釣られるように全員がヤツに視線を向けて、動揺と恐怖が瞬く間に広がった。

「チッ、おい行くぞ」
「ちゃんと得るもの得たんでしょうね」
「ふはっ、誰に言ってんだよ」
「そんな主将様にプレゼント。大事に使ってね」
「イイ趣味してんじゃねぇか」

一気にパニックに陥った彼らを横目に潮の香りがする方角へと向かう。勿論、獣相手に背中を向けたりはしない。真っ直ぐにソレと向き合う形でゆっくりと後ろに下がって、草木でソレが見えなくなってから静かに駆け出す。背後から聞こえる悲鳴と、私達を追うように着いてくる数人の足音。多少賢い奴もいたようだ。

暫く走ると少し開けた場所へ出て、足を止める。遠くから聞こえる悲鳴と、バキバキと木が倒れる音で何となく状況は分かる。遅れてやってきた4人の男女は私達を見てホッとしたように息をついたが、その内の一人は私を睨みつけて勢いよく拳を振りかぶった。

「何?」
「っ、テ、メェら…!気付いてただろ!あの化け物がいること!」
「はぁ?だったら何?」
「なんで言わなかったんだよ!」

振り下ろされた拳をパシリと掴んだのは私ではなく隣に立っていたザキ。眉ひとつ動かさずに私の前でわなわなと唇を震わせる男に首を傾げれば、男は益々顔を赤くする。あの獣に気付いた私が、もっと早く皆にそれを伝えていれば自分の友人は助かったかもしれないのに、と。

そう言って涙を流した男は限界と言わんばかりに膝をついた。一緒に逃げてきたもう一人の男と二人の女が駆け寄って必死に男を慰める。バカバカしい。たらればでよくもまあそんなに泣けるものだ。ついでに責任転嫁にも程がある。

「あの場で化け物がいるって騒ぎ立てた方が良かった?」
「は、…?」
「私が何で言わなかったか足りない頭でちゃんと考えた?」

あの場で騒ぎ立ててパニックが起これば、あの獣は間違いなく寄ってきていた。下手すりゃ全滅だ。静かにそれを伝えて、ヤツがこちらに気付く前に全員が静かにその場を離れられればと思ったから言わなかったのだ。

それでもまだ私が悪いとでも?と首を傾げれば目の前の四人はぐっと言葉に詰まって視線を泳がせる。自分達の意見が間違いだと、理解をした彼らは頭を下げて謝った。なぁんだ、つまんない。

「私の方こそ、嫌な言い方してごめんなさい。気が立ってて、八つ当たりしちゃって…」
「いや、俺の方こそ悪かった。お前は、ちゃんと考えて動いてたのに…」
「おい、いつまでやってんだ」

困ったように眉を下げて謝る私を見て、目の前の男は頬を染めた。殴ろうとしたことも申し訳なかった、怪我はないかとそっと私に手を伸ばした男を花宮は鼻で笑った。ぽかんとする男を見てそっとスッと立ち上がり男を見下ろす。

「コイツがそんな優しいこと考えてる訳ないじゃん」
「騙されてるって、早く気付けよな」
「ネタばらし早いなあ。もうちょっとで落とせそうだったのに」
「こんな男を落としても何の面白みもないだろ」

ケタケタと笑いながら肩に腕を回す原と、呆れたような顔で男を見るザキ。そして一歩後ろでどうでも良さそうな顔をする古橋と瀬戸。どういう事だと目に見えて狼狽える四人にニコリと笑って口を開く。

「わざと、言わなかったよのよ」
「どういう…」
「だって、あの化け物は遅かれ早かれあの場に辿り着いてた」

知らないフリして私達があの場を離れれば、あの化け物は貴方達に夢中になってくれる。そうすれば私達が逃げる時間が得られるでしょう?と笑った私に四人は今度こそ言葉を失った。真っ青になった顔と、信じられないものを見るような目。

「自分が生きるか死ぬかも分からない状況で、知らない誰かを助けてあげる程優しくないのよ」
「生き残りたきゃ自分で頑張れよ。テメェらみてェな足手まといと一緒なんて死んでもゴメンだからな」

ひらりと手を振ってその場を立ち去った私達をポカンと見ていた彼らが数時間後、変わり果てた姿で見付かることを私達はまだ知らない。

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