シャンティ

※タイトルの曲をイメージソングにして作ってます。マフィアパロで特殊設定なので注意。

夜の街は面白い。昼には見ることの出来ない人を、物を見ることが出来る。

夜の街は危ない。昼とは違って暗く、人の目が届かない場所が多くなる。

「きみ、どうしたの?元気ないね」
「ぇ…、あ、あぁ…彼女に、振られちゃって、さ…はは、情けないですね、おれ」
「そんな事ないよ。君かっこいいし、すぐ新しい彼女できるって!」

折角出会えたんだからさ、楽しい事しようよ。

そう言って二十歳そこそこと思われる男の子の腕に自分の腕を絡ませる。目を見開いて、それからへにゃりと笑った男の子は小さく頷いて私に腕を引かれるまま歩き出す。辿り着いたのは廃れたビルの三階。不安げにキョロキョロと辺りを見回す男の子にふわりと笑いかければ安心したようにホッと息を吐く。

ああ、なんて馬鹿な子。

「こういうとこ、来るの初めて?」
「は、はい…!」
「ふふ、可愛いね。はい、これあげる。お近づきの印ね」

フロアの隅に置かれたキングベッドは、コンクリートの壁とはミスマッチで浮いている。だからこのベッドはやめようって言ったんだ。それなのに部屋の内観整えた所で何が変わるわけでもないだろう、と吐き捨てた眉毛のせいで、前髪浮かれバカの提案は通ってしまったのだ。

数時間前に整えたばかりのベッドにぼすりと腰を下ろして足を組む。スカートの隙間からするりと顔を出した白い足に男の子の視線が向いたのを確認してポケットから小さな包みを取り出した。ピンクと白の包みに入ったソレは、甘い甘いご褒美だ。

「これは…?」
「いちごの飴だよ。疲れてる時に食べるとね、ちょっと元気出るんだ。だから、君にもあげる。特別だよ?」

ほら、食べて食べて!と無邪気な笑顔を見せて、男の子の手の中にソレを持たせる。戸惑いながらもその飴を頬張った男の子はすぐに瞳を輝かせた。美味しい!と笑う男の子の腕を引いてベッドへなだれ込む。

「喜んでもらえてよかった。ねぇ、元気づけてあげたんだから、私にもご褒美くれるよね?」

目をぱちぱちと瞬かせる男の子の腹部に跨ってゆっくりと腰を揺らせば、みるみるうちに男の子の顔が赤くなる。かわいいなあ。ほんと、バカで可愛い。頬を撫でて唇を重ね、頭を撫でる。奥歯で噛み砕いたカプセルから溢れ出た液体を、唾液と共に流し込み苦しそうに咳込む男の子を見下ろす。

「大丈夫よ。すぐにヨくなるから」

だから、安心して眠って。そう言って寝かしつけるように額にキスを落とせば、男の子の目がゆらゆらと揺れる。次第に焦点が合わなくなって、気絶するように意識を失った男の子の胸ポケットに一枚の紙を入れる。見計らったようなタイミングで現れたザキは私に向かって何かを投げた。

「落としたらどうすんのよ、バカ」
「落とさねぇだろ、お前は。あーあ、カワイソウだな。コイツも。まだ若いのに人生台無しにされちまって」
「あら、台無しになるかどうかはこの子次第でしょ?私は悪くないわ」

ハッ、と嘲笑うようにベッドの上の男の子に背を向ければ、ザキはうげぇ、と舌を出して嫌そうな顔をする。失礼だな。そのまま慣れた手つきで男の子を背負ったザキがフロアを出ていくのを見送って、ザキから渡されたカプセルを噛み砕いた。どろりと中から溢れ出してきた液体は決して美味しいとは言えなくて舌打ちが零れる。

「やだ〜!ほんとに?」
「ほんとほんと。ここマジで穴場だから。ヨくしてやっからさ、いいっしょ?」
「んもう!かずくんのえっち!」

ベッドとは反対側にある扉を開けて、冷蔵庫と一人がけのソファが置かれたスペースを体を滑り込ませた直後、聞こえてきた声に私は再び舌打ちを零した。さっさとシャワー浴びて寝ようと思っていたのにコレだ。

きゃぴきゃぴと甲高い声と、聞き慣れた下半身直結前髪浮かれバカの声。当分ここから出れねぇな、とため息をついて冷蔵庫を開ける。中に入っていたのはペットボトルの水のみで再び舌打ち。パキリと蓋を開けて口をつければ、思っていたより喉が乾いていたようで一気に半分も飲んでしまった。

「んっ、ぁ…っ、かずく…んぁぁっ、!」
「ははっ、またまだこれからなんだし?ぜってートぶなよ」
「あっ…ん、うんっ、は…っぁ、すき、かずくんすき、っ」

ひたすらにウザイ。

何が楽しくて悪友のそういう場面をBGMにしなければならないのだ。ふざけんな!と拳を握り締めれば手の中のスマホがミシリと音を立てる。いっそこのまま出ていって台無しにしてやろうか。もう少し声を落とせ、という気持ちを込めて壁を蹴れば戸惑う女の声の後に原の愉しそうに笑う声。

バレたくなかったら声出すなよ、なんて言ってるけど本音は声聞くと萎えるから声出すな、だ。ちょっと省略しただけでそれらしく聞こえてしまうのだから言葉とは面白いものだ。暫くすれば女の堪えるような声が聞こえなくなって、こちらへと足音が近付いてくる。

「めんごめんご〜。お前いるの知らなくてさぁ」
「あ?今日使うって言ったでしょ。もうちょっと考えろ」
「いや〜そんなこと言ってもおっぱいデカかったからテンション上がっちゃって」

そう言って女を指差した原に倣って女を見る。まあ確かに胸はデカいわ。はいはい、とため息をついて立ち上がり女の様子を伺えば、焦点の合わない瞳が宙を見つめている。あーあ、もうダメじゃんこの子。

「しっかりトばしてんじゃないわよ」
「いや俺じゃねーよ。ソイツが頂戴って言うからくれてやっただけ」

めんどくせー、と嫌そうな顔で女に服を着せる原を横目にピロンと音を立てたスマホに視線を落とす。数ヵ月前に声をかけた男からのメッセージに表情が緩んで、堪えきれない笑みが零れる。うっわ悪い顔、と笑う原に背を向けて待ち合わせ場所まで向かえば見覚えのある男が私を見て表情を緩めた。

「もう無くなっちゃったの?あれ、安くないんだよ?」
「金ならいくらでも出す!っ、早くくれ!」
「しょうがないなあ。でも、もう安くできないよ?」
「いいから早く寄越せ!」

焦らせば焦らす程、男の表情が曇っていく。焦りが男を苛立たせて、がりがりと頭を搔く姿に頬が緩んだ。ポケットからピンク色の包みを取り出して目を輝かせる男の前にソレをチラつかせる。

これだけ忠告したのに、いくらでも出すだなんて馬鹿だなあ。にこりと微笑んで指を三本立てる。これでも安くしてあげてるんだから、払えないなんて言わないよね。

「はぁ!?テッメェ…!ぼったくってんじゃねぇ!」
「あら、じゃあいいのよ別に。コレが欲しい人は貴方だけじゃないもの」
「クッソ…!おら!これで満足だろ!」

金が払えないならいいわよ、と背を向けて去ろうとすれば男は焦ったように私の腕を掴む。男は、ポケットから取り出した一万円札を三枚私の手に握らせて私が持っていた飴へ手を伸ばす。

「何か勘違いしてるみたいね」
「…は、?」
「コレが、そんなに安く買えると思う?」
「っ、ま、さか…!?テメェ!!ふざけんなよ!!」

呆れたようにため息をついた私に、男の表情がみるみるうちに青くなる。たった三万ぽっちでコレが買えると思ってるなんて、どうしようもないわね。やれやれと肩を竦めた私の胸倉を掴んだ男は力ずくで私からソレを奪うつもりらしい。

「とは言っても、さすがに可哀想だから…私のお願い聞いてくれたら三万で譲ってあげる」
「本当か!?」
「貴方にぴったりのお仕事があってね。手伝ってくれる?」
「あ、あぁ…!任せろ!」

先程までの怒りはどこへやら。表情を輝かせた男を連れて例のビルへと足を向ける。階段を下り、地下へと向かい花宮に男を預ければお仕事終了だ。ヒールを鳴らして路地を歩き、項垂れる若い男の子に声をかける。

「どうしたの?何か嫌な事でもあった?」

話、聞いてあげるからオネーサンと一緒に行かない?

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