共犯者は罪にも罰にも勝る愉悦に溺れる

※ちゃんと犯罪です。良い子のみんなはマネしないように。流血・グロ表現あります。

やってしまった、と思う反面、しょうがなかったと思う自分もいた。目の前で転がる男の姿を冷静な目で見つめることのできている自分は酷く狂っているのだと改めて感じた。真っ赤に染まった自分の手も、鼻に刺さる鉄の香りも、全てが私の罪を物語っている。どんよりと濁る部屋の空気とは裏腹に軽快な音を立てて鳴り響いたのは私のスマートフォン。

ディスプレイに表示された『原』の文字に安堵の息を吐いてしまい、チッと舌を打った。何で私がアイツの着信で安心しなきゃいけないんだよ。原からの着信でろくな目に遭わなかった事なんて無いんだからいい加減学べよ。非現実から突然現実へと引き戻されて、赤に染まった手のまま応答する。

「あ、出た。お前今どこ?今ザキと一緒なんだけどさ、飲み行こーぜ。いい店見つけたんだよねん」

こちらの返事を聞かずに一方的に喋って電話を切るのは原の得意技だ。今回もそうなるんだろうなと、他人事のように話を聞いていれば原が私の名前を呼ぶ。珍しいな、こっちの様子を伺うなんて。

「なに?」
「お前今どこにいんの?」
「何で?」
「何かあったっしょ。いいから場所言えって」

如何にも苛立ってますと言わんばかりの声色に思わず声を上げて笑ってしまう。一言も話してないのによく分かったな、と感心せずにはいられなかった。一頻り笑ってから小さく息を吸って、吐く。言葉にしたら、もう戻れないと分かっている。コイツらを巻き込む気なんて無い。

「…私の、共犯者になる気…ある?」

精一杯の勧誘。これから向かうのは地獄だ。一緒帰ることの出来ない、深い深い、静かな闇の底。着いてきてくれる気があるのなら、着いてくればいい。断られても、別に恨みやしない。だって、全部私がまいたタネだ。

「今更でしょ。俺らの行先なんか初めから地獄しかねぇっつーの」
「お前がそう言うってことはまあだいぶやべーんだろうなって想像つくわ。意地張って無くていいからさっさとどこにいるか言えよ」

けろりと、なんて事ないように返された言葉。もう笑うしか無かった。コイツら、ほんとバカだなあ。腹を抱えて笑い、原とザキに居場所を伝えて数十分後。やって来た二人は部屋の惨状を見てから呆れた様に笑った。

「共犯者って…そういうことかよ。随分派手にやったな」
「え、マジ?これマジ?うっわ、お前マジで!?最高じゃん」

この際だからアイツらも巻き込もうぜ、なんて。まるで、ちょっとしたイタズラに仲間を巻き込むようなノリだった。一ミリの動揺も無い姿を、私はただぼんやりと見ていた。原から曖昧に状況を伝えられてやって来た花宮達もリアクションは同じだった。

「ふざけんな。もっと上手くやれよバァカ」
「偽装できなくも無いけど骨が折れそうだね」
「生きてるうちに死体を拝める日が来るとは思わなかったな」

ぺたりとフローリングに座り込んだまま動かない私の頬に飛んだ血を拭って、ザキが顔を覗き込んでくる。頬に触れる手が暖かくて、目を閉じた。人一人、殺しているはずなのに冷静でいられるのは間違いなくコイツらのお陰だろう。癪だけど、安心している私がいるのは事実だ。

「で?何があったんだよ」
「お前のことだからただ感情的に、という訳でもないんだろう」
「…ストーカーだったの、この男」

ため息と共に吐き出したのは、赤の中に沈む男の話。どう勘違いしたのか、私を恋人だと思い込み家に押しかけてきたのだ。どうにか宥めすかしたが、着いてきてくれなきゃ殺すと騒がれてしまい渋々着いてきた。

「なるほどな。人目が少ないとこに行きゃどうとでも出来るからな」
「…そういうこと。それが狙いだったんだけどね」

ハッと鼻で笑う花宮に笑い返して話を続ける。花宮の言う通り、人の多いアパートの出入口付近では出来なくても人気が少ない場所にさえ行ければ、こんな男どうとでも出来た。だから着いて来たのだが、そこで事件は起こった。

「心中するのが目的だったのよ、この男」
「は?」
「私も同じリアクションしたわよ」

本気で意味が分からないと首を傾げる原の気持ちは最もだ。それでも男は私を見て恍惚の表情で告げたのだ。この世界で僕らは結ばれないけど、あの世ではきっと一緒になれる。その為に私をこの部屋に呼んだのだと男は笑った。

「…それで終わりじゃないだろう」
「ご名答。初めから死ぬのが目的だったコイツは、私にソレを突き付けてきた」

フローリングに転がるのは真っ赤に染まった包丁。一緒に死ぬんだと突き付けられた包丁を私が受け入れるはずもない。向かってきた男からナイフを取り上げ、馬乗りになった私は殺されるくらいなら殺してやると、明確な殺意を持って男を刺した。

「結果、私が殺人犯になったって訳」

肩を竦めて笑った私に花宮は盛大にため息を吐いた。考えてる事は同じだろう。この話が全て真実なのであれば、正当防衛として処理される可能性が高い。

だが、この男が私のストーカーであったということも、私を脅したということも、先に襲いかかってきたのがこの男だということも。何一つ証明する手立てが無いのだ。状況だけ見れば男女が揉み合いになった末、女が男を殺したとしか見えない。

「全員、こんなとこに来なきゃ一生平和に暮らせたのにね」
「ふはっ、もう既に堕ちる所まで堕ちてんだ。今更だろ」
「とりあえず今後の方向だけ決めようか。警察に通報するかしないか」
「するとしたら最低限口裏合わせねぇとな」
「しないならさっさと死体燃やしてこの部屋もボヤ騒ぎとかで証拠消さないとねん」
「燃やすのが一番手っ取り早いからな。どうする?花宮」

ちょっとしたイタズラの作戦会議をしているようなテンションで話す五人にぽかんとしてしまう。自分で言っておいて何だが、本気で共犯者になるとでもいうのだろうか。

「…本気?」
「ここまで来て帰る訳ねぇだろ。堕ちる時は全員一緒に堕ちんだよ」
「ま、普段できないしね。こんな面白そうなこと」
「今までだって危ない橋渡ってゲームしてきたしな」
「騙して欺いて掌の上で踊らせるのは俺らの専売特許じゃん?」
「お前もいつまでもぼけっとしてないで頭使えよ」

いつかの試合前のような顔だった。悪いことを考えている、愉しそうな顔。ああ、本当にバカだ。本当にバカだけど、コイツらと堕ちる先が同じで本当に良かった。罪悪感も後悔も、全部包み込むような愉楽。これだから、コイツらといると退屈しないんだ。

ALICE+