廃病院にて肝を試す

原のふざけた発言から始まって私達は今現在、廃病院に来ている。本来こういう場所は許可を得られなければ入れない為、ここに入れていること自体がおかしいのだ。

「…帰っていい?」
「いやいやダメでしょ」

懐中電灯片手にへらりと笑った原を心底ぶん殴ってやろうと思ったのは私だけじゃないはずだ。まあ、ノリノリな奴が約1名いることについてはノーコメント。ビビりつつも興味のあるザキと、半強制的に連れてこられた花宮と瀬戸、そして私。この状況を作り上げた張本人の原とさっきから写真撮りまくっている古橋。一刻も早く帰りたい。

「古橋、行くよ」
「ああ、すまない」
「いい写真は撮れましたか」
「雰囲気はあるんだが、決定的なものは映ってないな」
「映ってたら笑えないからねそれ」
「葉月ー、早くー」
「はいはい分かったから静かにして」

先に進む花宮達に置いてかれる訳にもいかず写真を撮り続ける古橋の腕を引いて歩き始める。スマホの画面を眺めて残念そうに肩を落とす古橋に呆れた視線を向けて、こちらに向けて懐中電灯の明かりを向ける原の元へと足を進めた。

中に入ると当然のように散らかっていて、埃っぽい。空気も何となく淀んでいるし、長居していたいと思える場所ではない。今回の主犯である原も空気の悪さに驚いたのか口元が引き攣っている。当然、楽しそうにしているのはオカルトマニアの古橋だけだ。いい加減カメラを下ろせ、鬱陶しい。

「で、何すんだよ」
「病院内一周とか?」
「ノープランかよ」
「何でもいいからさっさと行こ」
「ちょっと待ってくれ写真を…」
「分かったから行くぞ」

病院内を懐中電灯で照らしながら花宮が不機嫌そうに口を開く。こんな夜遅くに無理やり連れてこられて相当お怒りのようだ。触らぬ神に祟りなし、後で原だけ盛大に怒られてしまえばいいから私は何も言わないでおく。全く何も考えていなかった原にザキと瀬戸が呆れた視線を向ける。嬉嬉としてカメラを構える古橋を引きずって病院内を歩き出した。

「思ってたよりふつーだね」
「ただちょっと不気味ってだけだな」
「ま、幽霊なんてそうそう出てくるもんじゃないしね〜」
「まあな。っつーか、これて一周したよな?」
「え〜?ザキ何言ってんの。まだ残ってるじゃん」
「…はあ、地下も行く気かよ」
「あったりまえじゃんお花までビビってんの?」
「死ね」
「ひっど。ねー、葉月ー。お花何とかしてよー」
「今日は古橋のセーブ担当だから無理。つか、原が連れてきたんだから自分で何とかしなさいよ」
「へいへい俺が悪かったですー」

結論から言えば、特に何かが起きたわけではなかった。普通に病室や診察室、手術室等を周りエントランスまで戻ってきたがこれと言った心霊現象が起きたわけでもなければ、怪奇現象に遭遇したわけでもない。だが、それに満足が行かないのか、原がニヤリと口角をあげる。ああ、もう嫌な予感しかしない。そう思っていれば案の定、原は地下へと続く階段に懐中電灯を向けていた。ほら、やっぱり。本当にやめて欲しい。

「まじほんと帰りたい」
「大丈夫か?」
「大丈夫だったらこんなこと言わない」
「それもそうだな」
「はあ…あんまり暗いとこ好きじゃないのに…」
「…服の裾でも掴んでればいいだろう。少しは気が紛れるんじゃないか」
「わあー古橋くんかっこいー!」
「びっくりするくらい棒読みだな」
「ごめん動揺したわ」

地下へと歩き出す4人を古橋と共に追いかける。最後尾と言うのは案外怖いもので後ろが気になるけど振り向けない、そんな状況がさっきから続いていた。なるべく古橋から離れないようにして歩いていると古橋がこちらを見て首を傾げる。ふざけてはいるものの怖いことに変わりはないのでありがたく服の裾を掴ませてもらえば「結局掴むのか」なんて言う。「何?ダメなの?」と言えば「何でもない」と引き下がった。本当に何なんだ。

「…ねえ、今誰か何か言った?」
「言ってないけど、どうしたの」
「いや…今、声が聞こえた気がして…」
「お、おい。やめろよ、そういうの…」
「ザキ、ビビってんの?」
「ビビってねえよ黙ってろ」
「…ごめん。気のせいかも」
「チッ。さっさと行くぞ」

地下を歩き始めて数分。誰かが何か話すような声に口を開けば私の前を歩いていた瀬戸が振り返る。私の言葉に顔を青くするザキに一原がウザ絡みをしているのを見て、気にしすぎなだけなのかもしれないと素直に謝れば盛大に舌打ちをした花宮が先頭に立って原と共に歩き出した。だからごめんて、怒んないでよ。

しかし、気のせいだと思っていた声は徐々に大きくなっていって、その声の存在に花宮達も気づき始めた。徐々に大きく、鮮明になっていく声は聞けば、小さな子供の声で。「アソボ、アソボ」「ナニシテアソブ?」そんな会話の声に全員が足を止めて、顔色を変えた。やっぱり勘違いなんかじゃなかったんだ。私がさっきから聞いていた声は嘘じゃなかったんだ。

「あ、はは…笑えないね、これ」
「原、戻るぞ」
「だよねぇ…おっけーい」
「っ、おい…あれ、何だよ…!」
「…やばいかもね」

はっきり聞こえる声と、カタカタと音を立て始める周辺の部屋の扉に思わず口が引き攣る。花宮が眉間にシワを寄せて原に声をかければ原は花宮の顔を見たあと、私達を見て引き攣った笑みを浮かべた。踵を返そうとした瞬間、ザキが真っ青な顔で今までの進行方向を指さした。そこにあったのはカラカラとひとりでに動くストレッチャー。

徐々にこちらに向かってくるストレッチャーにさすがに花宮と瀬戸も顔が青ざめる。こんな状況でも嬉嬉としてカメラを構える古橋の精神にはほとほと呆れる。何なんだこいつの心臓。毛でも生えてんのか。というか本当に人間か。それでも服の裾を掴んだまま動かない私を気遣ってかその場から動かないことについては褒めてやろうと思う。

「走れ!」
「っ、古橋!、わ…っ、あっ…!」
「葉月?」
「な、にこれ…!」
「ちょ、葉月やばいって!」
「分かってる!焦らせないでよバカ!」

花宮の言葉に全員が駆け出す。一歩出遅れた古橋の腕を引っ張って走り出そうとした瞬間、何かに足を取られてがくりと膝をつく。古橋が私に目を下ろして目を見開く。私も釣られるように自分の足元を見て卒倒しそうになった。私の足に絡みついていたのは所々地で汚れた包帯。そして、その包帯はこちらに向かってくるストレッチャーに繋がっていた。

そんな私を見た原が珍しく焦ったような声を上げる。絡まった包帯をほどこうと手を動かすが、焦っているせいで中々上手くいかない。着々と近づくストレッチャーと解けない包帯に脈が早くなる。そんな私を見かねて古橋が絡まった包帯に手をかけ外していく。すぐ近くまでストレッチャーが迫ってきて、カラカラと鳴るタイヤの音が耳につく。

「行くぞ、葉月」
「う、ん…!?ちょ、わ…っ、!」
「話すと舌噛むぞ」
「きゃーさっすが古橋。イケメンだねえ」
「茶化してる暇ねえだろ!さっさと行くぞ!」

本当に大丈夫なのかと思った瞬間、包帯が解ける。立ち上がろうとした私の背中と膝裏に古橋の手が周りに、何をされるのか考える前に抱き上げられる。走り出した古橋に落とされないようにしっかりとしがみつく。ここまで来たら降ろせなんて騒ぐ方がバカバカしい。このまま逃げた方が確実に早いし、悪いことなんて一つもない。

花宮が入ってきたガラスの扉を押し開けて全員が雪崩るように外に出る。謀ったかのように強い風が吹き、バタリと扉が閉まる。全員が口を開くことが出来ずにその場に立ち尽くしていた。リアルお化け屋敷、なんて言って笑っている原にナチュラルに殺意が芽生えたが何とか堪える。そんな中で最初に口を開いたのは当然花宮だった。

「おい、一哉」
「2度目はねえぞ」
「ウイッス」

あの日の出来事は未だに忘れることが出来ない。勝手に動いたストレッチャーも、足に絡みついた包帯も。何が何だかさっぱり分からない中でただ一つ分かったのは興味本位だとかそういう気持ちで肝試しをするのは良くないということ。そんなの初めから知っている事だが、今回改めて、身にしみて、そう感じた。

加えて、古橋が撮っていた写真が全て真っ暗になっていて何も写っていなかった。入り口で撮った写真から院内でも取り続けていたのに。この病院で撮影したデータだけがごっそりなくなっていたのだ。更に、もっと恐ろしいことに翌日その廃病院があった場所を探してみたのだがその病院は跡形もなく消え去っていた。

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