水中で呼吸はできない

目が覚めて、真っ先に目に入ったのは意識を失う直前に私の目の前にいた人。反射的に体が強ばって、歯がカチカチと音を立てる。何をされたわけでもない。その人はただ、そこに立っているだけ。それなのに、体が動かない。怖い、怖い、誰か助けて。


「名字名前、だよなァ、お前」
「ひっ…!」


なんで、なんで。なんで私の名前を知ってるの。なんで私は攫われたの。ぐるぐると頭の中で疑問が飛び交って、ぐらぐらする。気持ち悪い、吐きそうだ。震えて動けない私を見てその人はニヤリと笑った。


「お前の、個性が欲しいんだ。協力してくれるよな?」
「っ…は、っ…!」


断らせるつもりなんて毛頭ないのだろう。私の目の前で、持っていたグラスを粉々にしたその人に首を縦に振るしかなかった。ぼろぼろと零れる涙が床にシミを作って、嗚咽が零れる。私を見下ろしていたその人が部屋を出て、一人になる。次々溢れる涙を必死に拭って口を押さえる。どれだけ泣いてもヒーローは、助けにこなかった。


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