酸素を探した

攫われたあの日から数日経った。正確には数日経ったと思う、が適切だ。私をここに連れてきたあの人は名前すら教えてくれないし、ここがどこなのかも分からない。テレビもなければ時計もない。何も無い場所に座っているだけの毎日に頭がおかしくなりそうだ。


「おい、仕事だ」
「し、ごと…、?」
「こいつのエネルギー全部吸い取れ」
「え…っ、でも…そんなこと、したら…」


膝を抱えて部屋の隅で小さくなる。それがここで目が覚めて一人になってからずっとしていること。目を閉じて、何も考えずに、ただ時が過ぎるのを待つ。それしかできなかった。そんな私の前に一人の男の人が転がされる。手を後ろ手で縛られて、足を固定されて動けない状態になった男の人だった。

そして、その人を連れてきたのは私を攫った彼。酷く冷めた目で男を見下ろして、彼が放った言葉に思わず言葉を失った。エネルギーを吸い取りすぎるとその人は死んでしまう。それなのに、彼は、私にそれをやれ、とそう言った。人を殺したことなんて生まれてから一度だってない。それなのに。


「いいからやれって。殺されたくないもんな?」
「や、っ!こ、ころさないで…!ごめんなさい…っ!や、やります!やりますから…っ、!」


カタカタと震えるばかりで一向に個性を使おうとしない私に彼はゆっくりと手を伸ばす。彼は私の右手を、人差し指と親指で掴んだ後、中指、薬指、と徐々に触れる指を増やしていく。頭の中で警報が鳴り響いて、ぐらぐらする。

彼の個性が何かは知らないけれど彼の手に触れるものが塵になっていくのを見ていた。だから、この瞬間。自分が今、死と隣り合わせだということを直感的に理解出来た。理解した瞬間震え出す私の体も涙を作りだす私の目もとても優秀だ。


「ぐあ…っ、!や、やめ…たすけ、!」
「ごめんなさいごめんなさい…!ごめんなさい、許して…!」


彼が私の右手を男の方に触れさせる。個性を使わなきゃ殺される。この状況で私には個性を使う以外の選択肢はなかった。私の個性でどんどんエネルギーを吸収される男の人が私を見る。やめて、やめてよ。そんな目で私を見ないで、違うの、違うの。

どんどん男の人の声が聞こえなくなって仕舞には動かなくなる。カチカチと歯が音を立てて、体が震える。涙が止まらなくて息が出来ない。呼吸が荒くなる。涙で滲む視界の中で彼がニタリと笑って、声を上げて笑い始める。言わないで、違うの。私じゃない、私じゃない。


「人、殺しちゃったなァ。名前チャン?」


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