優しき汝が恋しかりき

「なんで俺なんだよ!」
「うおっ、何だよ急に」
「あ、わり。何でもねえ」

唐突に声を上げた俺にクラスメイトが驚いた顔でこちらを見る。そりゃ、急に隣で大声出されたらびっくりするだろ。俺だってビビる。とは言っても声を上げたくなるのも当然のこと。昨日突然現れたアイツが朝から俺の近くをふよふよと浮いているからだ。理由を聞いてもお得意の口の上手さであれやこれやと言って躱されてしまう。このクラスでアイツの事が見えて声が聞こえるのは俺だけだからアイツの行動にいちいちリアクションを取ってしまうのも俺だけ。今日一日で何回変な奴を見る目で見られたことか。

「あっはは!ザキほんとバカじゃん」
「誰のせいだ…誰の…」
「なんか言った?」
「なんでもねぇ」

俺の隣でふよふよと浮きながら口元を抑えてぷぷぷ、と態とらしい笑い声をあげる姿に項垂れる。俺としては話しかけてくるコイツに返事をしているつもりでもクラスメイトから見れば、俺が一人で話してるだけにしか見えない。このまま教室にいれば俺が変な奴認定されるのは時間の問題だと判断して席を立つ。どこに行くんだと言うクラスメイトに具合が悪いから保健室に行くとだけ返して教室を出た。

「なになに、サボり?」
「お前のせいだよ」
「んええ、なんでよ。ザキが律儀に私に返事するからじゃん。花宮なんか無視だよ、無視。ひどくない?」
「話しかけられたら返事するだろ」

昼休みということもあって騒がしい廊下を歩く。すれ違う人や立ち止まる人を避けて歩く俺に対して、アイツはするりするりと物だけじゃなく人までもすり抜ける。ほんとにすり抜けるのすごいよね〜、とヘラヘラ笑いながら楽しそうに俺の後ろを着いてくる姿にずきりと何故か胸が痛んだ。コイツは死んだんだって、何度も言われているようで苦しくなる。

「わ、何ここ。初めて来た」
「旧校舎の社会準備室。新校舎に新しいの出来てから使われてねぇんだよ。陽当たりもいいし、絶好のサボり場所だろ」

古くからあるウチの学校だからこそのサボり場所はいつも一緒にいると言われる程の原にすらも教えてない俺だけの秘密の場所だった。それを今コイツに教えたのは何でなのか俺にもよく分からない。ただ、何となく。教えてもいいと、誰にも知られない場所で一緒にいたいと思ってしまったからかもしれない。窓際に座り込み、そのままズルズルと腰をずらして横になる。頭の後ろで手を組んで枕替わりにし、ぼんやりと天井を眺める。そこにひょっこり顔を出してアイツはいつものように笑って口を開いた。

「何でここ、教えてくれたの?」
「別に。理由なんてねぇよ」
「ふーん。私が原とかに言うかもって思わなかったの?」
「思わねえよ…って何で俺がこの場所誰にも言ってないって知ってんだよ」
「ふふ、カマかけてみただけ」
「ンだそれ…」

ふよふよと、楽しそうに浮きながら口元を抑えて笑う姿に小さくため息をついて目を閉じた。友人の幽霊が見えて、しかも会話までできるなんて非現実的な出来事に最初こそ驚いたものの今では慣れてしまっている自分がいることに驚いた。もう一度目を開けるとアイツは俺を見て、今まで見た事がないくらい優しい顔で微笑んだ。

「ねえ、ザキ。ありがとね」
「……は?」

その言葉を最後に、アイツは俺の前から姿を消した。

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