ザキはある日を境にしてアイツの姿が見えなくなった。依然として俺達の傍でふよふよと浮いているコイツの声さえ聞こえていないらしい。どういうことだ、と聞いても分かんないの一点張りで何も分からない。納得いっていない様子のザキだが、こればっかりはどうにも出来ない。
「ねえ、瀬戸。授業中いつもこうやって寝てるの?先生もう注意すらしないじゃん」
いつものように授業を受ける俺の隣にふよふよと浮きながら話す姿にチラリと視線を向けて目を瞑る。隣で「つまんないから起きててよー!」と騒ぐ声が聞こえるが相手をする気はない。そもそも授業中に何も無い場所に向かって喋っていれば、さすがにヤバい奴だと思われてしまう。それに、俺が授業を真面目に起きて受けたなんて日には教師達に変な心配をされてしまうことは間違いない。
だがしかし、隣でこうも話されると気になって眠れない。小さく付いたため息が聞こえたのかアイツはぴたりと話すのを止めてこっちをじっと見始めた。そんな姿をまたもチラリと見てから視線を逸らして席を立つ。どうしたのか、と聞いてくる教師に保健室、とだけ返して教室を出る。ザキが言ってた意味がよく分かった。確かにこれはうるさい。
「え、瀬戸もサボるの?」
「もってことはザキもサボったんだ」
「うん。私のこと見て呆れた顔して教室出てた」
「今ならザキの気持ちがよく分かるよ」
アイツも追いかけて来るだろうと教室の扉を開けっ放しにしようとしてはたと気づく。そうだ、コイツは扉を開けておこうが閉めようが関係ないのだと。少しだけ、ほんの少しだけ罪悪感を抱きつつ扉を閉めれば必然的にアイツの目の前で扉は閉まる。酷いだのなんだのとぶうぶう言いながら後ろをついてくるその姿はいつもと変わらないはずなのに、何もかもがいつもと違っていて少しだけ心が痛んだ。
「ほんとに、死んでるんだね」
「なぁに?今更?」
「幽霊なんて初めて見たよ、俺」
「あはは!私も!幽霊になんて初めてなった!」
「そりゃそうだろうね」
扉をすり抜け、宙に浮き、誰からも気づかれることのないその姿にポロリと言葉が零れ落ちる。俺がこんなことを言うなんて思いもしてなかったのだろう。驚いたような顔を一瞬見せた後、アイツはいつもように悪戯に笑った。いつもなら遮ってしまう言葉を、何故か遮ることが出来ずに会話のテンポがいつもよりも遅くなる。
「あ、保健室の先生いないじゃん」
「そう言えば、今日出張だっけ」
「じゃあ入り浸り放題じゃん」
「別に入り浸る気はないけどね」
ゆるゆると、ぐだぐだと、何の生産性もないただつまらない会話が二人の間を流れる。ベッドで横になっているのとゆったりとしたその雰囲気が徐々に眠気を誘う。くあ、と欠伸をするとアイツはくすくす笑って「寝ていいよ」と俺に言った。つまんなくなるんじゃないの、と返せば「つまんなくなるよ?」と返ってくる。うん、じゃあダメじゃん。
「ねえ、瀬戸。ありがとね」
しょうがないからもう少しだけ起きててあげるよ、と。そう続けようとした言葉は言葉になる前に消えた。俺を見ていつになく優しく微笑んだアイツは、俺の前からも姿を消した。
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