いづこまでもうつろはぬ汝が恋しかりき

死んだはずのアイツが突然現れる、というあまりにも非現実的な出来事に一瞬何が起きているのか分からなかった。そして、その非現実的な出来事は未だに続いている。俺の隣でふよふよと浮いているコイツがその非現実的な出来事の発端だ。交通事故にあって死んだと聞かされた時、「ああ、そうなのか」としか思わなかった。葬式に行った時も周りの奴らが泣いている時に俺らは誰一人泣いていなかった。

「何考えてんの?」
「…はぁ」
「えっ、人の顔見てため息とか失礼極まりないんだけど」

もう何度も読んだ本を開き、それを眺めるように頬杖をつく。機械的に文字を目で追うものの読んでいるかと言われればそういう訳ではない。そんな俺と本の間に現れた顔は驚かせてやろうと言わんばかりに笑みを浮かべていて思わずため息をついた。驚かなかった俺を見てつまらないと言いたげに尖らせられた唇もそれを誤魔化すようにヘラヘラ笑うその声も、見慣れていたはずなのに何故か懐かしく感じた。

「邪魔だ。どけブス」
「透けてるんだから問題ないでしょ。読める読める」
「読めねえからどけって言ってんだよ」
「一人で喋ってたら変な人になっちゃうよ」
「誰のせいだと思ってんだ」

コイツの姿が見えない奴らからすれば何の障害でもないのだろうが、如何せん今の俺にはコイツの姿が見えてしまう。いくら透けているとはいっても、そんな状況で読書なんてしたことがないしする機会もない。文字を追おうにも目の前でフラフラと動くコイツがいたんじゃ読書なんて出来たもんじゃない。騒がしいクラスの中じゃ俺の小さな声なんて誰にも聞こえない。本を読んでるフリをしながら小さく声を発すればアイツは楽しそうにケタケタと笑った。

「花宮とクラス違ったからさ、猫かぶりあんまり見ること無かったけどあんな感じなんだね*。気持ち悪いくらい笑ってて鳥肌立ったよね」

「あ、あの子この間花宮に告ってた子じゃん!うっわぁ…あの目はまだ諦めてないな…」

「特進の授業レベル高すぎでしょ。しかも花宮全問正解だしキモ…」

その日一日、アイツは俺の隣で終始話し続けていた。話していた、とは言っても俺が返事をしていないから一人で話し続けているだけなのだが。授業も全て終わり、いつものように部室に向かおうとする俺に声をかけてくるクラスメイトに返事をしようと振り返ればニヤニヤと笑うアイツの姿。見ないフリをしてクラスメイトに笑いかけて教室を出れば同じように教室を出て、後ろをついてくる。

「すっごい無視するじゃん」
「今のお前は無視したところで何の支障もないからな」
「なにそれ悲しい」
「どの口が言うんだよ」

うわーん、なんてわざとらしい泣き真似をする姿に冷たい視線を向ける。そんな俺を見て何が楽しいのか知らないが、アイツはけらけらと笑いだした。こんなに普通に話をしながら一緒にいることは出来るのに、触れることは決してできない。葬式に出た時よりも、コイツが死んだという事実を叩きつけられているようでイライラする。チッ、と舌を打った俺を見てクスクス笑う姿に何となく嫌な感じがした。もう二度と会えないような、そんな気が。

「ねえ、花宮。ありがとね」
「っ、おい!」

柄にもなく引き留めようと伸ばした手は空を切った。

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