いと恋しき汝の隣に立ちたらまほしかりけり

アイツが死んだと言われた瞬間、その意味を理解できずに「そうか」とだけ言って電話を切った。葬式に出た時もただぼんやりとそこに立っているだけで状況が理解出来ていなかった。学校に行けば、同じクラスのアイツの席は誰も座っていなくて花瓶が置かれていた。部活中はいつも飛んでくる声は飛んでくることなく、俺らが着替える部室で部誌を書く後ろ姿はなかった。アイツがいなくても世界は回るし、俺たちにとって不自由はない。強いて言うなら部活で雑務をこなす人間がアイツから二軍、三軍の奴らに変わったくらいだ。

「古橋?目開けて寝てんの?」
「ああ、いや。少し考え事をしていただけだ」
「なになに?今日の晩御飯でも考えてたの?」
「お前のことを考えていた」
「お、おう…そっか…」

ぼんやりと席に座って窓の外を眺める俺の目の前にひょっこり顔を出したのは死んだはずのアイツ。少し前まで全員に見えていたはずのコイツの姿は今じゃ俺しか見えないらしい。ふよふよと俺の隣で浮いている姿をじっと見つめると「え〜やだ〜!めっちゃ見てくる恥ずかしい〜!」なんて言いながらケラケラ笑っている。生きてた頃と何も変わらないやり取りに嬉しいと思う反面、ずきりと胸が痛む。

いつからかは分からない。気づいた時には、俺にとって大事な存在になっていた。好きだと、伝えればよかったのだろうか。伝えていれば何かが変わっただろうか。アイツが俺の、俺達の隣でずっと笑っていられる未来があっただろうか。アイツが死んだ実感はいつまで経っても湧いてこなかったのに、目の前で浮いている実体のないその姿が、コイツの死を実感させる。触れたいのに、触れられない。もどかしさと苦しさでどうにかなりそうだ。

「ね、古橋。ずるいこと言っていい?」
「…それはあまり聞きたくないな」
「ええ、そんな事言わないで聞いてよ」
「冗談だ」
「もー、相変わらず分かりにくい冗談だなあ」

少しだけ眉を下げて、悲しそうに微笑んだアイツを見てダメだと思った。聞いちゃいけないと思った。でも、聞かなきゃいけないとも思った。きっと、聞かなきゃいけない。他の誰でもない俺が聞かなければいけないんだ。何故か、そう思った。まっすぐに俺を見つめるアイツをじっと見つめ返す。放課後とはいえ、まだ校内には生徒が沢山いるはずなのに、今この瞬間だけは俺達しかいないのではないかと思うくらい静かだった。

「私ね、古橋のこと好きだったんだあ」
「…っ、何で、今なんだ」
「今だったら、高校にいるうちは私に縛られてくれるかなって思って」
「高校にいるうちだけでいいのか」
「なあに?ずっと、死ぬまで私に縛られてくれるの?」
「俺は、」
「ダメだよ。ダメ、そこから先はダメ。私、あっちに帰れなくなっちゃう」

触れられた訳じゃないのに、口元に寄せられたアイツの人差し指が俺の言葉を遮る。まるで口を塞がれたように声が出ない。ぐっと手を握りしめて、まっすぐに見つめると今まで涙の一つも見せなかったアイツの目から涙が零れた。静かに、ただ静かに流れる涙が頬を伝って落ちる。

「なんで、なくの?」
「お前も泣いてるだろう」

俺を見て驚いたように目を見開いた後、眉を下げたアイツはぽろぽろと涙を流す。今なら、今なら好きだと伝えられるはずなのにコイツがそれを許さない。じっと俺の目を見て嬉しそうに笑ったアイツが、ゆっくりと口を開く。

「ねえ、古橋。ありがとね」

聞いたら、ダメだと。耳を塞げ、と。頭の中に響く声とは裏腹に動かない体。動いたのは口だけで、零れたものは声にならない音だけだった。

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