今更流しし涙は汝の料になりけむや

部室に遅れてやってきた古橋は泣き腫らしたかのように目を真っ赤にしていた。ああ、アイツがいなくなったんだなと全員が何となく察した。アイツは、何で俺達の前に現れたんだろうか。どうしても、最後に伝えたかったことでもあったのだろうか。

「俺は、アイツのことが好きだったらしい」
「今更?」
「いなくなってから、気付くなんてな」

まるで、何かを探すように右の手のひらを見つめて呟く古橋に原が小さく笑って返す。握りしめられた手と、苦しげな声に言葉が出てこない。ああ、そうだよ。俺だって、アイツの事が大事で大好きだったんだ。古橋とはちょっと違うかもしれないけどそれでも、ちゃんと好きだった。静かに涙を流した古橋に驚くより先に、俺の腹からも何かがせり上がってくる。

「っ、ないてんじゃ、ねぇ、よっ、!」
「ははっ…なに、ザキまでないてんの、」

いつものように茶化したかったのに、口から零れたのは嗚咽。今まで一度たりともアイツの事で涙なんて流れなかったのに、自分でも驚くくらい涙が止まらない。子供のように涙を流す俺を見て原が笑うけれど、そう言う原も声が震えていた。ふざけんなよ、なんて悪態をつきながら原も泣いていた。いつもなら馬鹿じゃねぇのなんて言う花宮も下を向いたまま動かない。横になっていた瀬戸は腕で目元を隠していて表情は見えないけれど寝ていないことは分かる。

「ほんっと、ふざけんなよ…っ、!」

気づけばアイツが死んでからかなりの時間が経っていた。学校全体が、アイツが初めからいなかったかのようにごく普通に生活している。アイツの姿に囚われたままの俺達だけが、いつまでもいつまでも進めずにいた。心のどこかでアイツはまだ死んでいないと、生きているのではないかと、現実から逃げてきた俺達は今この瞬間に、アイツの死を実感した。言葉を交わすことも、触れることも、何一つできない。ずっと見ないようにしてきた。アイツがいない現実を。ずっと同じ場所に立ち止まっていた。アイツが戻ってくるんじゃないかって。でも、もう見なきゃいけないんだ、現実を。もう、立ち止まってちゃいけないんだ。本当に、もう二度と、アイツには会えない。今まで流せなかった涙を流すように泣いた。

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