たまには勉強もした方がいい

その日はランク戦ブースも賑わっておらず、本部全体が比較的静かだった。不思議に思いながらもラウンジに入ってその理由に気が付いた。私達学生にとってこの時期は所謂テスト週間だ。ラウンジにいる人達がノートに向かっている姿を横目に最近お気に入りのカフェオレを買って、空いている席を探していると見慣れた姿が目に入り足を止めた。

「あれ、何してんのバカ二人」
「梓!いい所に来た!」
「梓、後は頼んだ」
「は?」
「飲み物買ってくるから後よろしく」
「えっ、なに?」
「じゃあ俺の分も買ってきて〜」
「うるせえ槍バカ、黙ってやれ」
「へーい」

声をかけてテーブルを覗き込めば、ノートに向かう陽介とその向かいに座ってシャーペンを持つ出水がそろってこちらを向く。私の姿を目に入れた瞬間立ち上がる出水に半ば無理やり座らされる形で今まで出水が座っていた場所に座る。おまけと言わんばかりにシャーペンも渡されて、ひらひらと手を振りながらこちらに背を向けて歩いていく出水を意味も分からないまま見送った。

「なに?勉強してんの?」
「まぁな」
「ふーん…ここ、間違えてるけど」
「ああああ…やりたくねええええ…」
「普段勉強なんかしないくせにどうしたの?」
「前回の中間赤点フィーバーでさー」
「バッカじゃないの」
「次の期末で赤点だとやべぇんだよ」
「でしょうね、当たり前」

向かいに座る陽介のノートを見ればいくつかの数式が書かれていた。間違いを発見して指摘すれば陽介は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。何となく予想はしてたが想像通りの答えに呆れてしまう。普通に授業を受けていれば赤点なんて取らないだろう、と思ったがこの男のことだから授業を真面目に受けるという頭があるとは思えない。

「ってことで、勉強教えてくんね?」
「めんどい、パス。奈良坂に頼みなよ」
「いやぁ…あいつは…」
「前教えてもらったことあるけどすっごい分かりやすかったよ」
「いやいやいやいや。俺が前頼んだ時なんかすっげぇ怒られたんだけど」
「あんたがバカすぎるからじゃない?」
「ああああ…」

頼むって〜と懇願されても陽介の勉強に付き合うのは骨が折れることを知っている為、考える暇もなく一蹴する。私や出水に頼むよりも秀次や奈良坂に頼む方が頼みやすいだろうと言えば陽介は引き攣った顔で否定する。その様子から以前教えてもらったことがあるけれどいい思い出はないということだろうなと察して再度ため息をついた。悪いの全部自分じゃん。

「何してんだ槍バカ」
「自分のバカ加減に落ちこんでるんじゃない?」
「へぇ、いい機会だし改心しろよ」
「うるせーっての」
「出水は?前回の中間どうだったの?」
「普通」
「いつもそれじゃん」
「お前は?」
「クラス1位」
「うっわ、きっも」
「引くわー」

机に突っ伏す陽介の頭をシャーペンでつついていれば両手にカップを持った出水が戻ってくる。片方を陽介の方に置き、もう片方に口をつけながら私の隣に座る。追い込まれた様子の陽介とは対照的に余裕そうな出水に中間テストの結果を聞けば少し考えるような素振りを見せた後いつもと同じ答えが返ってくる。頭が悪い部類に入る陽介とまあ普通の部類に入る出水に対して、私は比較的優秀な部類に入る。中間テストの結果を笑顔で伝えれば二人そろって嫌そうな顔で返された。何でだ。

「学年は?」
「1位」
「キモい」
「それはキモい」
「うちの学校がバカすぎるだけ」

学校のレベルが決して高くないとは言っても忍田さんに迷惑をかけたくないが為に特待生制度のある私立の高校を受験した私からすれば成績が良いのは当たり前のことなのだ。しかし、レベルが決して高くないというのもまた事実で、基本的な学力偏差値は低い。つまり、そこまで高得点を取らなくても一位になれてしまうというのがカラクリだ。テスト自体が簡単だから正直うちのテストなら陽介でも赤点は回避できると思う。まあ、順位だけが頭の良さを測る基準になるわけではないから何とも言えないけど。

「槍バカレベルがいっぱいってか」
「まあそんな感じ」
「お前ら失礼すぎじゃね?」
「事実でしょ」
「事実だろ」
「何なのその団結力」
「ほら、さっさとやりなよ」
「ああああ…めんどくせええええ…」

私の言葉を聞いた出水が陽介を見ながらバカにしたように笑う。まあ確かに間違えてはいないと頷けば陽介が唇を尖らせて抗議してくる。完璧にやる気のなくなっている陽介にノートを指さしながら勉強するように促せば再度机に突っ伏して動かなくなる。出水と顔を見合わせて小さくため息をついた後、陽介の赤点を阻止するために頭を働かせた。

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