「お待たせ〜〜♡レディ限定未だかつて無いガトーショコラだよ〜〜♡」
そう言ってくるくる回りながら器用にトレンチを持って現れたサンジくんをぼんやりと眺める。
いつもなら彼の特製デザートに胸躍らせる所だが、如何せん今日はバレンタイン。本来であれば私が、彼にチョコレートをあげなければならないのだ。
それなのに、今私の目の前にあるのはとっても綺麗で美味しそうなガトーショコラ。間違いなく今日がバレンタインであることを分かった上で彼が作ったものだ。
一口食べれば口の中にふわりと広がるチョコレートの匂いと、舌の上でとろける感触。
「〜〜っ!美味しいっ!」
「ほんと、とっても美味しいわ」
「美味しい…」
三者三様、ナミとロビンと私が落ちそうになるほっぺたを押さえながらガトーショコラに舌鼓を打つ姿に彼がでれっと表情を緩める。
こんなに美味しいものをプレゼントされて、私がその後に手作りのチョコをあげようなんてそんな事が果たして許されるのだろうか。
ぱくぱくと無意識にガトーショコラを口に運ぶ手はそのままに頭だけを働かせる。ぐるぐると色んなプレゼントを考えては何かと理由を付けて破棄をして、を何度も繰り返す。
「どうしたのよ。そんな難しい顔して」
「…サンジくんに、バレンタイン何あげようかなって…」
「あー…こんなに美味しいものもらっちゃったら返すものも困るわよね」
「あら、サンジの事だから何を貰っても喜んでくれるんじゃない?」
「それは分かってるけどさぁ…」
悪戯っ子のように笑うロビンの言う事は最もだ。
彼が私からのプレゼントを喜ばないはずなんてない。
でも、だからこそ中途半端なものをあげたくないのだ。キッチンを使わせて貰おうにも、彼のテリトリーに入る為には彼の許可が必要で。
そうなれば、必然的に私が何をしようとしているのか、何をプレゼントしようとしているのかがバレてしまう。
折角なら彼を驚かせたいと思う私としては、料理以外で何かをプレゼントしたいと思ってしまうのだ。
「でも料理以外って何さぁ…何にもないよぉ…」
「うーん、そうね…。あ、いいこと考えた」
「いいこと?」
「そっ!ほら、耳貸しなさい」
私の呟きに、今度はナミが悪戯っ子のように笑って私の耳に口を近付ける。耳元で囁かれたその言葉に思わず大声を上げてしまった。
驚きで口をパクパクと開いたり閉じたりして言葉に詰まる私を見てナミは声を上げて笑う。隣ではロビンまでクスクスと肩を震わせて笑っているもんだから、徐々に顔が赤くなる。
「なっ、何言っ…!」
「あら、サンジくんは喜ぶと思うわよ」
「私も、素敵だと思うわ」
そうと決まれば、と言わんばかりに楽しそうに笑う二人に必死に無理だと首を横に振るけれど、一度決めたら梃子でも動いてくれないのがこの一味の良いところでもあり悪いところでもあると私は強く思うのだ。
ズルズルと引き摺られるように女部屋へと連れていかれる私を皆が少し引いたような目で見つめてくる。
「み、見てないで助けてよ…!」
「悪い!俺はまだ命が惜しい!」
「や、やだああああ!!」
一番近くにいたウソップに手を伸ばすけれど、彼は脱兎のごとく背中を向けて逃げ出してしまう。
それもそのはず、この船の中で最も力を持っていると言っても過言ではないのはルフィではなくナミだから。ナミに喧嘩を売ったり、ナミを怒らせるのはとんでもなく恐ろしいことであることを理解しているからこそ誰一人としてこちらを見てくれない。
今までこんなに叫んだことがあっただろうか、と言うくらいには大きな声が出た。
ナミ達に連れていかれてから数時間後。
バレンタインにかこつけて、わいわいと楽しそうにお酒を飲む彼らは今も昔も変わらずに乾杯の理由を探しているだけらしい。
意味も分からずにバレンタインに乾杯、なんて言っているルフィを横目で眺めながらサンジくんが作ってくれた甘めのカクテルを味わう。
いつもなら私だってルフィ達の輪の中に混ざって騒ぎたいけれど、今日ばかりはそんな余裕がない。この後、私がしなければならないことを考えるだけで死にそうになる。
「いい?ぜっっったいやるのよ」
「ひっ…は、はい…」
「あら、ナミ。脅しちゃダメよ」
「脅してないわよ。人聞き悪いわね」
「ほ、ほんとにやんなきゃダメ…?」
「勿論。名前だってサンジの喜ぶ顔、見たいでしょ?」
私の両隣に座ってニヤニヤと楽しそうに笑う二人に、もう助けてくれる人はいないのだと肩を落とす。
暫くすれば騒ぎ疲れた皆が甲板でスヤスヤと眠りにつく。しょうがねぇな、と嫌そうな顔をしながら片付けと同時に皆にブランケットをかけてあげるサンジくんをぼんやりと眺めていれば寝ていたはずのナミが私の肩を叩く。
「ほら、行きなさい」
「うええ!?い、今!?」
「今じゃなかったらいつ行くのよ、ほら!」
「わ、あああ!」
驚きで肩が跳ねて、反射的に立ち上がる。
どんと背中を押されてふらふらと彼の元へと足を進める。こちらを見て驚いたように目を見開いた彼だったけれど、すぐに駆け寄って来てくれる。
ニコリと笑って私の名前を呼んでくれる彼に何て言おうかと口篭る。
「どうかしたのかい?」
「あ、のね…その、今日って、バレンタインじゃん…?でも、サンジくんより、美味しいチョコは…作れる自信なくって…」
ぎゅっとサンジくんの服の裾を握りしめて、視線を彷徨わせながら必死に言葉を紡ぐ。
うん、と小さく頷きながら私の話を聞いてくれるサンジくんの優しい目に胸がきゅうっと苦しくなる。
「だから、その…プレゼントは、私、じゃダメ、ですか…?」
「へ…?」
ナミ達に言われて、態とブラウスのボタンを二つ外しておいた。
拒否されたらどうしようと思うと声は震えて、目には涙が滲む。恥ずかしさで顔はきっと真っ赤になっていることだろう。
ポカンとした顔でこちらを見ていたサンジくんだったけれど、戸惑ったように視線が少し下に落ちる。直後すぐに顔を真っ赤にして口元を手で覆う。
「その…本当に、もらっていいのかい?」
「へ!?あ、いや…うん。その…サンジくんが、いいなら…あげ、ます…」
「あー…やべぇ。クソ嬉しい」
チラリとこちらを見て呟くサンジくんにこくりと頷けばふわりと抱きしめられて、彼が耳元で囁く。
ぎゅううっと、いつもより少しだけ強く抱きしめられて彼の匂いがいつもよりもずっと近くに感じられる。
「じゃあ、有難く頂きます」
「ど、どうぞ…?」
少し体を離して、私の顔を見た彼が優しく笑って額にキスを落とすから。なんて返したらいいのか分からずに戸惑いながら首を傾げればクスクス笑った彼にふわりと抱き上げられた。
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