※トリップネタ※
家族も、友人も、いない訳じゃない。でも、家族は義理だし友人だって本当に気を許せる相手じゃない。退屈な世の中は私をダメにしていく。
だから、生きる事を止めた。迷惑はかけたくなくて冬の海に身を投げた。冷たかった水は少しずつ暖かくなって、苦しかった呼吸は少しずつ楽になっていった。体が水の中に沈んでいくのと一緒に、意識も暗くて深いところに沈んでいった。
はずだったのに、何かに引き上げられるように意識が浮上して体がずしりと重くなる。重たい瞼をゆっくりとあげると、こちらを心配そうに見つめる瞳と目が合った。
「目が覚めたんだな!よかった!」
「…しか、?」
「トナカイだ!」
「もっとへん…」
「何でだよ!」
私を見てパァっと表情を輝かせたその動物に首を傾げると元気よくツッコミが返ってくる。そもそも何でトナカイが喋るんだ。シカだろうとトナカイだろうと喋って二足歩行をしている時点でこっちがツッコミを入れたいくらいだ。
パタパタと下手の中を走り回る小さな姿を目で追いかけていれば扉の向こうで大きな音が聞こえた。何事だろう、と視線を向けるとけたたましい音を立てて扉が開く。
あまりに突然のことで思わず肩がびくりと跳ねてしまった。部屋に入ってきた麦わら帽子を被った男の子は私とトナカイくんを交互に見てそれから人の良さそうな笑みを浮かべて私の方へと歩いてきた。
「お前!目覚めたんだな!」
「えっ、と…お陰様で…?」
良かった良かった、と言いながら私の背中をバシバシと叩いてくる麦わら帽子の男の子にどうしたらいいのか困っていると、トナカイくんが麦わら帽子の彼を叱り始めた。
病み上がりの人間を叩くとはどういう事だとぷんすこ怒るトナカイに何だかほんの少しキュンとしてしまう。
怒られているというのに全く悪びれる様子のない麦わら帽子の彼は悪い悪いと軽く謝ってまた私に向き直った。
「なぁ、お前なんであんなとこに浮いてたんだ?」
そう言って首を傾げた彼に私まで首を傾げてしまった。浮いていた、というのはどういう事なのか。私は確かに海に身を投げて沈んだはずなのに。どうして今ここにいて、生きているのだろうか。
それに浮いていた、というのも意味が分からない。自然と眉間に寄ってしまったシワに気付いたのか、彼は分かんねぇのか?と更に首を傾げた。
「あの、私、なんでここに…」
「ルフィ!!アンタ絆創膏もらうだけで何分待たせんのよ!!」
「忘れてた!おいチョッパー!絆創膏くれ!」
「どっか怪我でもしたのか!?」
私は何でここにいるのか、と聞こうとした私の声を遮って部屋に入ってきたのはオレンジ色の綺麗な髪の女の子だった。
麦わら帽子の彼をルフィと呼んだ女の子は部屋に入ってきた勢いのままにルフィという男の子の頭を殴った。それはもう思い切り。
それだけでも驚きなのに、男の子は気にもせずにまた話し始めた。一体どうなっているのか。
チョッパーと呼ばれたトナカイくんも男の子が殴られた事なんて気にもしていない様子で絆創膏の用途について尋ねている。もう本当に意味が分からない。
どうしたらいいのか戸惑って視線を泳がせていると、オレンジ色の髪の女の子と目が合った。
「あら、起きたの?」
「え、あ、お陰様で…?」
「思ったより平気そうで安心したわ。うるさくしてごめんね」
「あ、いえ。全然…」
笑顔で近付いてきた彼女からはふわりといい匂いがして、その端正な顔立ちに同性ながらときめいてしまう。
ベッドに寝転がったままでは失礼かと思い、起き上がろうするとトナカイくんがぎょっとした顔で駆け寄ってくる。まだ寝ていなきゃダメだと私をベッドに押し戻されて、ふわふわの毛布をかけられる。
「今日一日は安静にしてろよ!まだ体も暖まってないし、いつ倒れてもおかしくないくらいに体が弱ってるんだ」
「…わたし、そんなに重症なんだ…」
「随分他人事ね。一体いつから漂流してたのよ、アンタ」
「さぁ…?」
「さぁって…覚えてないの?」
「…まぁ」
私の額に蹄を当てて熱を測るような素振りを見せたトナカイくんの言葉にぽろりと零れた驚きの言葉。そんな私の言葉に女の子が呆れたように肩を竦める。
いつからと言われても今日の日付が分からない以上何とも言えないし、漂流していた覚えなんてない。あの日確かに海の底に沈んだはずの私がここにいる理由はどれだけ考えても分からない。
けれどそんな事を伝える訳にもいかず、なんて答えたらいいのか迷って首を傾げると女の子はぎょっとしたような顔をした。
覚えてない、というか正しくは分からないなのだが頷いておいた方がいいだろうと小さく頷く。
「自分が生まれた島の名前、分かる?」
「生まれは日本、だけど…」
「ニホン?聞いたことないわね…。どこの海?」
「どこって…日本海と太平洋の間?」
「それ、海流の名前か何か?四つの海のどこかかしら」
「四つ…?海って、七つじゃないの…?」
ベッド脇に腰掛けた女の子の質問に答えていくうちに生じる違和感にぞわりぞわりと鳥肌が立つ。
おかしい、何かがおかしい。
噛み合わない会話に疑問を感じたのは女の子も同じようで徐々に表情が曇っていく。話について来れないのか男の子とトナカイくんはキョトンとした顔でこちらを見ていて。
頭をよぎった一つの有り得ない仮説にぞっとして震える声で言葉を紡いだ。
「ち、ず…ありますか…?」
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