何も知らない

※トリップネタ※
※『落とされたのはしらない世界』の続き※

見せられた地図は私が幼い頃から見てきた地図ではなかった。震える指で地図をなぞってカチカチと音を立てる歯を食いしばった。

何で、何がどうして、どういうこと。頭の中をぐるぐると回る疑問に目眩がする。

こちらの様子を伺う彼女に地図を返してぎゅっと手を握りしめる。

「ありがとう、ございます」
「え、ええ…。それより、大丈夫なの?顔真っ青じゃない」
「あ…いえ、その…大丈夫、です」
「大丈夫って言うならもう少し大丈夫そうな顔してから言いなさい」

私の額を細い指でぱちりと弾いた彼女が呆れたように笑って肩を竦める。私から受け取った地図をくるくると丸めてサイドテーブルに置いた彼女は私の目をじっと見て口を開いた。

「それで?何か分かったんでしょ?」
「…それは、その…」
「聞かれたらまずい事情でもあるのかしら?」
「え、っと…」
「ちょっと!そこで黙らないでよ!」

私がいた世界と違う世界に来てしまったようです、だなんて言えるわけがない。

意地悪そうに笑った彼女に対して視線を泳がせて口篭ればぎょっとした様な顔で見られる。

「海軍だなんて言わないわよね?」
「かい、ぐん…?」
「さっきから変な子ね。どっかの島で大切に育てられでもしてた訳?地形も知らないし海軍も知らない。その様子じゃ海賊も知らないんでしょう?」
「海賊って…今どきいるの…?」
「はぁ?今どきも何も今だからいるんじゃない。大海賊時代に海賊がいない訳ないでしょ」

やっぱり聞けば聞くほど分からない。

海軍も海賊も物語の中にしか存在しないものだと思っていた。それに大海賊時代なんて初めて聞いた。

何も知らない、というより知らなすぎる私を見て彼女は徐々に表情を曇らせた。当然の反応だ。彼女達にとっての常識を一つも知らない人間が目の前にいたら不審に思うものだ。私だってきっとそうなる。

「悪いけど、私達はお尋ね者なの。自分達の身を危険に晒す可能性がある人をいつまでも船に乗せておく訳には行かないわ」
「お、おい!ナミ…!コイツは病人で…!」
「バカね、こんな海のド真ん中で船から降ろすわけないでしょ。そこまで鬼じゃないわ」

座っていたベッドから立ち上がって私を見下ろした彼女の言葉に今まで大人しく座っていたトナカイくんが慌てたように立ち上がる。その焦った顔に彼女はため息をついて腰に手を当てた。

そんな彼女を恐る恐る見上げれば、彼女は何度目かの呆れた笑みを浮かべて私と目線を合わせるように屈んだ。

「別に取って食おうって訳じゃないわ。アンタの事を教えて欲しいってだけ」
「…でも、絶対、信じて貰えないから…」
「そんなの聞いてからじゃなきゃ分かんないじゃない」
「そこは、嘘でも信じるって言うんじゃないの…?」
「あら、言って欲しかったの?」

私の意味不明な発言を全部笑って受け流してくれた彼女なら、とそう思った。麦わら帽子の少年は早々に話に飽きたようで鼻ちょうちんを膨らまして眠っている。

トナカイくんは心配そうな瞳でこちらの様子を伺っていて、何故だか分からないけれど少しだけ肩の力が抜けた。

「地図を見て、分かったの。ここが、私のいる世界じゃないことが」
「どういう事?」
「私のいた世界には、海賊も海軍もいない。海は四つじゃなくて七つだし、この地図に書かれている名前の海は存在しない」
「まさか…そんな事…」

小さく息を吸ってからぽつりぽつりと話をし始める。

私の話に驚いたように目を見開いた彼女だったけれど、すぐに納得したような顔で私に続きを促した。ちらりと視線を動かせばトナカイくんがこれでもかというほどに目を見開いてこちらを凝視していた。

あまりの驚き具合に思わず笑いそうになってしまったのを何とか堪えてもう一度彼女に視線を移した。

「地図を見て、話をして、ハッキリ分かった。ここは、私のいた世界じゃない」

そう言い切った私をじっと見つめる彼女の瞳をじっと見つめ返す。

今は、今だけは逸らしちゃいけないと思った。

真剣な彼女の目がどこか探るように私を見つめて、ぱちりと一度瞬きをした後ふっと柔らかく緩められた。

「嘘じゃない、みたいね。信じるわ、貴方の話」
「ほんとに…?」
「嘘ついてるかどうかくらい、顔見れば分かるわよ。私はナミ。貴方は?」

肩を竦めて笑った彼女に名前を告げればよろしくね、と手を差し出される。恐る恐るその手を掴めばきゅっと柔らかく握りしめられて軽く上下に振られる。

そしてその直後、くるりと後ろを振り返ったナミが振り上げた拳を麦わら帽子の少年に思い切り落とした。ゴチン、と痛そうな音がして麦わら帽子の少年が大きな声をあげる。

そりゃそうだろう。今のは相当痛そうだった。見てるこっちまで痛かった。思わず自分の頭を手で押さえていると、ぱちりと目が合ったトナカイくんが同じように自分の頭を押さえていて顔を見合わせて笑ってしまった。

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