※ちょこっと不穏※暴力表現有※
長年想い続けてきた彼が政府の暗殺機関の人間だったことを人伝に聞いた。
頭は真っ白になって、何を言われているのか理解が出来なかった。涙は零れなくて、でもその代わり心にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われる。
なんで、とか。どうして、とか。聞きたいことは沢山あって。優しく触れていたあの手が嘘だと思いたくなかった。
帰ってくることのない彼を待つように海を眺めてはため息をついた。今日、私は結婚する。彼と同じ、ガレーラカンパニーに勤めていた船大工の男と。
彼がくれた最初で最後のプレゼントを海に投げようと、そう思って来たのにその手を話すことができない。未練なんて、もうないと思っていたのに。
ほろりと零れた涙を拭って前を向く。彼はもう私の元に帰ってきてはくれないのだから。
「さよなら」
「それは俺に対するセリフか?」
「っ、…!る、っち…?」
背後から聞こえてきた声にパッと振り返れば白いスーツに仮面を付けた男が立っていて。
肩に乗る白い鳥、聞き慣れた声、あの日の彼の匂い。
震える声で紡いだ名前に彼がふっと笑う。ゆっくりと手を伸ばせば、その手は彼の手に絡め取られて引き寄せられる。
そっと仮面に手をかければ、顕になる仮面の下。
ぽろぽろと零れた涙のせいで視界が滲む。なんで、どうして。聞きたかったことは沢山あったはずなのに口から零れるのは嗚咽だけ。
「結婚するらしいな」
「なんで、それ…」
「気づいていないのか。島中その話で持ち切りだ」
「そう…」
私の顔を見てフッと鼻で笑った彼はあの人変わらない優しい顔をしていて。するりと頬に触れた手が首に降りて、くっと力が込められる。
少しずつその力は強くなって、気道が狭まる。空気がせき止められて頭がぼんやりとしてくる。ああ、この人に殺されるなら本望かもしれない。
彼のいない世界で、幸せになんてなれっこないのだから。このまま、彼に身を委ねて、泡のように消えてしまった方が幸せかもしれない。
「俺を選べ」
「っ、は…ぁっ、」
「お前は俺でなければダメなんだろう?」
「ぅ、あ…っ、はっ…!」
首にかけられた力がゆるりと抜かれて、彼にもたれ掛かるようにして必死に酸素を吸い込む。苦しさで溢れた涙と、だらしなく口の端から零れた唾液。
無理やり顔を上げさせられて彼と目が合うと、彼はニヤリと笑って私の口の端を親指で拭った。
「イイ顔だな」
「ぅ、ぁ…?」
「俺を選べば、お前はもう普通の生活には戻れない。どうする?」
イエス以外の答えなんて、与えるつもりもないくせに。そんなことを思いながら近づいてくる彼の顔に目を閉じる。
縋るように伸ばした手を首に回せば、ふわりと体が浮いて唇に熱が触れた。左手の薬指にはめることが出来ずに首にぶら下げたままだった結婚指輪は彼の手によって泡のように消えていく。
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