しらないひとにはついていかない!

誘拐犯とは、どの時代でもどんな場所でも言葉巧みに子供を攫っていく。

お兄ちゃんから船まで連れてくるように頼まれたんだ、と言われてしまえばついて行ってしまうのは致し方ないだろう。知らないおじさんの後ろをニコニコと笑って歩くのは我らが白ひげ海賊団のお姫様こと名前だ。

おやじいのおひげの色と同じ真っ白なワンピースはお姫様のお気に入りで、今日もそのワンピースを身に纏っていた。

「もびーこっちじゃないよー?」
「お嬢ちゃんが出かけてる間にちょっとだけ別の場所に移動させたんだよ」
「おじょうちゃんじゃなくてひめだもん!」
「ああ、ごめんね。姫ちゃん」

徐々に船から遠ざかっていることに気が付いた名前がピタリと足を止めて首を傾げる。船がある方向に向かってあっちだよ、と指を差す名前に男はニコリと笑って答える。

すると名前の顔が不機嫌ですと言わんばかりに歪められる。まさか気付いたのか、と警戒する男に対して名前はほっぺたを膨らませて怒った。

モビーに乗っている皆は自分のことをお嬢ちゃんだなんて呼ばないのだ。ぷんすこと音が付きそうな勢いで怒る名前に男は内心ホッとしながら笑顔を浮かべて謝った。

しかし、呼び直されても呼び方に違和感があったのか名前の顔色が晴れる様子は見られない。

「どうしたんだい?」
「…おじちゃん、だあれ?もびーのおにいちゃんじゃないでしょ!」
「そ、そんな事ないよ!俺は正真正銘、白ひげ海賊団の仲間さ!」
「だってもびーのみんなはわたしのことひめってよぶもん!おじちゃんそうやってよばなかった!」

首を傾げた男に向かって、名前はびしりと人差し指を向けて頬を膨らませた。

男は名前の名前が『姫』だと勘違いしていたのだ。まさか、名前に関係なくお姫様と呼ばれているなんて思いもしなかったのだ。

とは言っても男がその事実に気付ける訳もなく名前の顔色は徐々に怯えに変わっていく。

「まるこ、どこ…」
「チッ、こうなりゃ力づくで攫ってくしかねぇな」
「ひっ、ふぇ…っ、やだあああああ!」
「静かにしやがれ!クソガキ!」

うるうると涙の溜まった瞳に男の心が揺らぐ、なんてことはなく力づくでも連れて行こうと男が腕を振り上げる。

男の目に宿った悪意に名前が声を上げて男に背を向けると、それを追うように男が手を伸ばす。小さな体は簡単に捕らえられて、名前の小さな顔に男の手が押し当てられる。

ぼろぼろと涙を流して手足を必死に動かして抵抗するけれど、男にとっては抵抗にすらなっていないようでニヤニヤと下衆な笑みを浮かべていた。

「白ひげに恨みがある海賊は山ほどいるんだ。恨むんなら俺じゃなくてお前のお兄ちゃん達を恨むんだな」
「ヘェ…その話、詳しく聞かせて欲しいねい」
「なっ…!?お前は…!」

男の手が名前を気絶させようとした瞬間、背後から男に声がかけられる。驚きで振り返った男の顔が、次の瞬間には恐怖の色に変わる。男が何かを口にするよりも先に男に向かって伸びた長い足が男の横っ面に直撃する。

ぐらりと体勢を崩して倒れる男が反射的に名前を抱えていた手を離した事で、ふわりと小さな体が浮き上がる。重力に従うように落下した名前を抱きとめたエースが優しく笑う。

「大丈夫か?」
「っ、えーすぅ…っ、」
「ん、怖かったな。もう大丈夫だからな」
「ひっ、く…っ、ふっ、ぇ…っ、うわあああああん!」

先程の乱暴な男の手とはうって変わって、優しく背中を撫でてくれるエースの手に名前の目に涙が溜まる。

頭をぽんぽんと優しく撫でられて安心したのか、エースの首に腕を回した名前が声を上げて泣きじゃくる。

泣き癖がついてしまったのか泣き止んでからもひっくひっく、としゃくり上げる名前の背中をエースが撫でる。

「エース、怪我は?」
「あー、押さえつけられてたとこが赤くなってるくらいで後は特にねェよ。大丈夫」
「そうかよい」
「まる、っこ、…っなまえ、しらないっ、ひと…ついてっ、た…っ、!ごめ、なさ…っ」

男を縛り上げ、適当に放り投げたマルコが名前に視線を移す。エースの答えにほんの少しだけ眉間にシワを寄せていると、名前の目がマルコを見る。

その途端、またぽろぽろと涙を零しながら謝りだした名前にマルコは小さく笑ってその頭を撫でてやる。日頃から知らない人には着いていかない、必ず誰かを呼ぶこと。そう教えられていたのにも関わらずそれを破ってしまった、ごめんなさい、と。

それをきちんと理解して謝る末妹にこれ以上何が言えようか。

「ちゃんと謝れて偉いねい。次からは気をつけような」
「ん…っ、うん…っ、」

泣き止んだかと思っていたらまた泣き出した名前にエースが小さく笑って、その体を抱き直す。

モビーに向かって歩き出せば徐々に名前の体が重くなってくる。ふと視線を落とせばすやすやと眠っていて、その寝顔にまた笑みが零れる。

「泣き疲れたんだろうねい。エース、そのまま抱いててくれよい」
「ん、りょーかい」
「安全な島だと思って油断してたよい。これから当分は一人で歩かせられないねい」
「だな。上陸する時は誰かしら隊長が着いてった方がいいかもな」

安心しきったような緩んだ顔で眠る名前の頭をもう一度撫でてから、マルコが口を開く。その言葉にエースも賛同するように頷く。

その後モビーに戻った名前の無事に安堵の息を吐いたクルー達が名前の腕や口元に残る赤い跡に目を吊り上げて犯人は誰だと大騒ぎをしたり、外出の度に名前に着いて歩く隊長達が目撃されるのは、別のお話。

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