優しくて、愛しい君が、だいすき

コロコロと足元に転がってきたボールを手に取って、少しだけ寂しげな顔をした靖友にどうしたの?と声をかけた。なんでもねェ、と返して持ち主の方へボールを投げた靖友が何だかすごく綺麗で思わず見惚れてしまう。ぼうっとする私に、今度は靖友がどうした?と声をかけてきて、さっきの靖友と同じようになんでもない、と返す。

「ボール投げるの上手いね」
「まァ、昔やってたからなァ」
「そうなの?小学校とか?」
「いンや、中学」

中学生の時は地元じゃちょっと有名な選手で、将来を期待されていたのだと。でも肘を壊して今までと同じように野球が出来なくなって、逃げるように野球部のないハコガクに来たのだと。なんてこと無さそうに話した靖友にそうだったんだ、としか返すことができなかった。

「でも、今は福チャンに会って、チャリに乗ってる。もう絶対投げれねェと思ってたけど、案外いけるモンだなァ」

くしゃりと笑ってそっと自分の肘を撫でた靖友にカッコよかったよ、と笑った私は上手く笑えていただろうか。靖友の話を聞いて、一瞬でもあんな事を考えた最低な自分に嫌気がさした。明日からどんな顔して靖友に会えばいいんだろう。そう思ってしまったら、もうダメだった。

真っ直ぐに靖友の顔が見れなくて、そっと視線を逸らす。話しかけられても露骨に避けてしまって、益々自分で自分が嫌になる。ああ、もう。私のバカ。こんな事したって、靖友を傷つけるだけじゃない。頭では分かってるのに、体は言うことを聞いてくれない。はあ、と小さくため息をつけば背後から足音が聞こえて慌てて振り返る。

「やす、とも…」
「何してンのォ」
「や、別に…」

首を傾げる靖友に上手な言い訳が見つからなくて、曖昧に誤魔化した。誤魔化せてたかは分からないけれど。視線を泳がす私をじいっと見てから距離を詰めた靖友にしっかり手首を捕まえられて、交わる視線に心がザワつく。何かを言おうとした靖友より、私の涙が零れる方が早かった。

「な、ンで泣いてンのォ!?」
「ご、ごめ…っ、だって、…っ」
「アー、ハイハイ。どーしたンだヨ」

ギョッと驚きながらも私をふわりと抱きしめた靖友に甘えるように胸元に頭を押し付ける。ぐすぐすと鼻を鳴らす私の頭をとんとん、と優しく撫でる靖友の手に少しずつ落ち着いてくる。それでも優しくされればされる程、私の醜い部分が浮き彫りになるようで嫌だった。

「ったく、ンで泣いてンだヨ。あからさまに避けられて、泣きたいのはオレの方なんだけどォ?」
「だ、だって…や、やすともが、」
「は?オレ?」

ポロポロと泣きじゃくる私の頬を指先で少し乱暴に拭って困ったような顔をする靖友にしゃくりあげながら必死に言葉を紡ぐ。変な部分で途切れた言葉に靖友は、オレなんかしたァ?と首を傾げる。ちがうの、靖友は何もしてないの。私が悪いの。そう呟けば、靖友は益々意味が分からないと言わんばかりに首を傾げた。

「靖友が、野球できなくなった時のはなし、聞いた時に…っ、一瞬思っちゃったの…っ、やすともが、怪我してくれてよかったって…っ、!はこがく、来てくれてよかったって…!わたし、さいていだ…!いいことなんて、ないのにっ、わたし、っ、ごめ…、ごめんね…っ、!」

野球を続けてたら、箱学には来てなかった。
もし、怪我をしていなかったら野球を続けてた。

つまりは、怪我をして野球を止めたから靖友は箱学にいる訳で。

もし靖友が箱学に来てなかったら。寿一と出会ってなかったら。チャリ部に入ってなかったら。そう考えただけで怖くなった。私と靖友が出会えたのは本当に偶然で、色んな条件が重なった偶然の産物だって。そう思ったら、頭の中に浮かんだのは「靖友が怪我して良かった」だった。

最低だと自分でも思う。それでも、一度でも過ぎってしまったその考えは、紛れもない私の本心だ。だからこそ、自分で自分が許せなかった。嫌われてもしょうがない。でも嫌わないで欲しい。嫌われたくない。ワガママな思いがふくふくと膨れ上がって、靖友に抱きつく腕に力が籠る。

「アー…ほんっと、お前さァ…」
「っ、ごめ…っ、」
「全然気にしてねェからァ、バァカチャン」

聞こえてきた溜息にびくりと肩を揺らしたのも束の間。ふはっ、と笑った靖友にゆっくり体を離される。私の頬をぐいっと指先で拭って、ちゅっとキスを落とした靖友に目を見開いた。なんで、いま…?

「あン時言ったろ。絶対投げれねェって思ってたのに案外平気だったって。部屋戻ってからさァ、何で平気だったンだろって考えて分かったんだヨ」

お前がいたからァ、と恥ずかしそうに告げられた言葉に胸がぐうっと膨れた。私だけじゃなくて、寿一や隼人、尽八。皆に出会って、一人じゃないって分かって。野球ができない自分でも、仲間がいるって分かってたから。だから投げれた。

そう言って照れくさそうな顔をした靖友がそっぽを向いて小さな声で「アイツらにゼッテー言うなヨ。めんどくせェからァ」なんて呟く。嬉しかった。靖友が、そう思ってくれていたことが、何よりも嬉しかった。言うなよ、なんて言われたけど言っちゃうかもしれない。だって、そんなの、嬉しすぎる。

「カワイソーだとか、そーゆーこと言われなくて良かったって、オレもホッとしたンだヨ。だから、あンがとねェ」
「な、んで、やすともがお礼言うの…っ、ばかぁ…!」
「ったく、ほんとお前泣きすぎ。つーか、そンなので嫌いになンねェからァ」

ぎゅうっと靖友の首に腕を回して抱きつく私を優しく抱きしめてくれる靖友がたまらなく愛おしかった。すき、と何度も呟いてぎゅうぎゅうと抱き締めれば「ハッ、知ってるゥ」と笑う声が聞こえて益々頬が緩む。ダメだ。わたし、やっぱりこの人から離れられないや。

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