断じてそんなことはありません

※ちょこっと下ネタっぽいのあります。意味が分からない人は分かるようになってからもう一回読んでね

◇◇◇

箱根学園。この名前を背負っているだけで、周りからあれやこれやと言われることには慣れていた。好意的なものから悪意のあるものまで。幅広い陰口と噂話に一々反応していては仕方がない。言いたい奴には言わせておけばいい。そう言っていた寿一に私も全くの同意見だった。

「な、箱学ってマネ一人だけなんだろ?」
「しかも超美人なんだよ。キレーってかエロい系?」
「マジ?部活動以外もサポートしますってか?」
「ぎゃはは!マジかよ!お前AVの見すぎだっつーの!」

にしたって、こんな内容の陰口は初めてだ。まさか自分が異性にそういう目で見られて、コソコソと話をされるなんて思わないだろう。まして自転車競技の大会会場で、だ。けれど実際私に何かしてくる訳でもないし放っておこうとノートに落としていた視線を上げて、ぎょっとした。

「え、全員顔怖いんだけど…」

その場にいた皆が怖い顔でコソコソと話をしていた男達の方を睨みつけていて、思わず頬が引き攣った。いつもにこやかな尽八や隼人、泉田に真波までギロリと鋭い目で男達を睨みつけているなんて、一体どうしたと言うのだ。

「福チャァン、さすがに自分の女であんな話されて黙ってらんねンだけどォ?」
「待て、荒北。我慢ならんのは俺も同じだ。葵があんな奴らの下衆な話のネタになってるなど黙っていられると思うか?」
「知らない女子の話ならまだしも、葵であんな話されたらムカつかない訳ないだろ。なぁ、寿一」

靖友、尽八、隼人が私を庇うように前に立って真正面から男たちを睨みつける。私よりも20cm近く身長の高い男達が前に立てば必然的に視界は遮られて、睨まれている男たちがどんな顔をしているのかは伺えない。これはあまり宜しくない状況なのでは、とサッと血の気が引いて慌てて三人を止めようとした私を遮って、今度は泉田が静かに声を発した。

「すみません、葵さん。あんな話を聞いて黙ってられるほど、僕は人間が出来てないみたいです」
「あはは、久しぶりに誰かにムカつきました。葵さん、止めないでね」

ぐっと握りしめた手を微かに震わせる泉田と、背後から私に抱きつきながらニコニコと笑う真波に益々血の気が引いた。待て待て待て、何で全員臨戦態勢なんだ。これから大会なんだから、レースでぎゃふんと言わせればいいでしょ。今ここで喧嘩なんかしたらシャレにならない。どうしようかと視線を彷徨わせて、パチリと視線が交わったのは寿一だった。今この状況を止められるのは寿一しかいない…!頼む…!と、念を送るように見つめれば険しい顔をした寿一がゆっくりと口を開く。

「待て、お前達。苛立っているのは俺も同じだ」
「ちょっと、寿一…!」

止めるんじゃねーのかよ!!!と思わず叫びそうになったのをすんでのところで止めた私を誰か褒めて欲しい。そんでもって、一気に殺気立ったこのバカ共をどうにかして欲しい。ちょっと待って、本気で喧嘩するつもりじゃないでしょうね!?

「だが、選手ならば勝負は道の上で、だ」
「…ハッ、上等じゃねェか。ボッコボコにしてやるヨ」

頼むからこんなしょうもない事で揉め事なんて起こしてくれるなよ、と思った私に天は味方したようだ。ぺろりと舌なめずりをしてゴール間際を思わせるような表情で私を抱き寄せた靖友に安堵の息を吐いた。マジで、ほんとに、よかった。

「なンつー顔してンだヨ」
「全員揃って殴り込みに行きそうな雰囲気出すからでしょ!?」
「フクからGOが出てれば俺は殴ってたな」
「マジで勘弁して…」
「あんな話聞かされて、大人しくしてろって方が無理な話だろ?」
「今そのポーズ止めて…マジでシャレにならないから…」

ハッ、と笑って私の鼻をつまんだ靖友をキッと睨みつけて声を荒らげれば、ケロリとした顔で尽八や隼人がとんでもない事を口走る。らしくない事言うの止めてもらえます?何事も無く…はないが、とりあえずは何事も無く終わったことに安心して体から力が抜ける。靖友に支えられてるのをいい事にそのまま体重をかければ「重ェ」なんて失礼なことを言うものだからとりあえず一発殴った。

それから始まったレースでは、当然と言うべきか否か。他のチームを寄せ付けない圧倒的な走りで大会新記録を更新して帰ってきた皆に苦笑いをするしかなくて。まあ、でも…皆スッキリした顔してるし、大会優勝したし、いっか。

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