同じ目をするあの人のコイビト

靖友に対抗心を燃やしてローラーを回す黒田に笑みが零れた。寿一に言われて毎日ぶっ倒れるまでローラーを回していたかつての靖友を見ているようで微笑ましい。準備しておいたボトルとタオルを持って、オーバーワーク気味の黒田に声をかけた。

「黒田〜、そろそろ休みなさ〜い」
「…葵、さん」
「はい、葵さんだよ〜。ほい、タオル」
「…ッス」

あの時の靖友とは打って変わって素直にローラーを止めた黒田の頭にタオルを乗せる。ボトルを渡して、床にぽたぽたと落ちる汗を雑巾で拭う。ベンチに腰掛けて大人しく水分補給をする黒田の視線がざくざくと刺さってくるようで思わず苦笑いが零れてしまう。

「なあに?」
「…いえ、別に」
「別にって顔してないよ」

まあ、言いたくないなら言わなくていいけどね。と黒田の頭をタオル越しにポンと撫でる。隣に腰掛けて今日の練習記録を付けていれば、またしても刺さるような視線が向けられる。ううん、何だろう。どうしたらいいんだ、これ。

「あの、」
「ん?」
「荒北さんと、付き合ってるって、本当ですか」
「うん?ほんとだよ?なんで?」

あ、私に言いたいことってそれ!?と思わず声に出そうになったのを何とか飲み込んだ。もっとこう、何か別のことを言われると思っていたから驚いた。黒田もそういうの気になるのかあ、と思いながら言葉の続きを促す。

「なんで、あの人と付き合ってるんですか」
「好きだから…?」
「いやまあ、それはそうでしょうけど…」
「ううん…なんでだろ…」

きちんと考えたことの無かった疑問に頭をフル回転させる。確かに、何で私靖友と付き合ってるんだろ。まあ好きだからって言うのは勿論あるけど、どこがと言われるとありきたりな答えしか出てこない。優しいとかかっこいいとか。そんなこと言ったら別に靖友じゃなくてもいいだろうって話になっちゃうし。うんうん、と唸りながら考え込んでいれば黒田がゆっくりと口を開く。

「口は悪いし、態度も悪い。人が言われたくない事ズバズバ言ってくるし、ムカつくし。すぐ蹴ってくるし、パシられるし」
「あははっ、不満しかないじゃん」
「だから、あの人に彼女なんていたらとんでもない人なんじゃないかって思ってたんです」
「そしたら私だったってことかあ」

黒田の言い分はよく分かる。口も態度も悪いし、デリカシー無いし、すぐほっぺた抓ってくるし、私の扱い雑だし。言い出したらキリがないくらい悪い所しかでてこない。こんなんじゃ益々付き合ってる理由、分かんないや。改めて気付いてしまった事実に乾いた笑みを浮かべれば、黒田も同じようにふっと笑った。

「でも、自転車乗ってる靖友を好きになっちゃったからさ。もう今更どんな姿見せられても、好きだなって思っちゃうんだよね。惚れた弱みってやつ?」

初めて靖友に会ったのは、この部屋だった。汗だくで、真っ直ぐな目で、真剣な顔で。必死にローラーを回す靖友がキラキラして見えたのはハッキリ覚えてる。何を話しかけても怒鳴られるし、ツンケンしてて全然優しくないし。でも、自転車に乗ってる時は純粋にかっこいいと思った。

何度も何度もそれを見ているうちに、気付いたら好きになってたんだ。気付いたら隣にいて、気付いたら付き合ってた。好きだとか可愛いだとか、素直に言葉にしてくれる訳じゃない。彼女だからって、私を特別扱いすることも無い。口も悪いし、態度も悪いし、言い合いする事もあるし、喧嘩だってする。それでも、靖友を嫌いだと思ったことは一度だってない。

「なんか、荒北さんと葵さんが付き合ってる理由が何となく分かりました」
「えっ?」
「目が、そっくりです。今の葵さんの目、チャリ乗ってる時の荒北さんと同じでした」

やっぱり、葵さんもとんでもない人ですね。と笑った黒田にポカンと空いた口を閉じることが出来なかった。誰に何を言われるよりも一番嬉しい言葉に緩む頬が押さえられなかった。

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