寿一が連れてきた男の子は、ドが付くほどのヤンキーだった。でも、毎日サボらずにローラーを回してはぶっ倒れてを繰り返す姿を見て「ああ、この人は中途半端な気持ちで自転車やってる訳じゃないんだ」ってハッキリ分かった。口も悪いし態度も悪い。でも、裏表がない分好感が持てた。だからこそ話しかけようと思ったし、仲良くなりたいと思った。…が、部活に来るなりローラーを回して終わる度にぶっ倒れる彼に声をかけるチャンスはいつまで経っても訪れなくて。悩んだ末に出した結論は一つだった。
「ねぇ、荒北くん」
「ア?ンだてめー」
「そろそろ休憩挟まないと、また倒れちゃうよ」
「てめーには関係ねェだろ」
汗だくでローラーを回す彼にボトルとタオルを持って近付けば、当然ながら怪訝な顔で返される。そりゃそうだと内心苦笑いしながら会話を続けると、意外にも無視されること無く会話が続く。なんだ、この人良い人じゃん。そう思えば怖いものなんて一つもない。ボトルとタオルを抱えたまま彼の使っていたタイマーを勝手に止めて、彼に向き直る。私の突然の行動に目を丸くして足を止めた彼は予想通り声を荒らげた。
「ナニ勝手な事してンだヨ!!」
「毎回毎回ぶっ倒れられてたら迷惑なの。いい加減自分のキャパ理解してよね」
「な…ッ、!?」
さすがに女相手には手を上げないようで声を荒らげるだけの彼にわざとらしくため息をついて痛い所を突いてやれば、返す言葉がない彼はぐっと押し黙る。ううん、何と言うか単純で可愛い。決して迷惑だなんて思っている訳では無いが、こうでも言わないと彼の性格的に休んでくれないだろうと思ったのは正解だったらしい。渋々といった様子でベンチに腰掛け、不貞腐れたような態度で給水する姿に思わず笑いそうになった。
「これ飲んで汗拭いて。私まだ仕事あるからいなくなるけど十分は絶対休んでね。あ、休みすぎはダメだよ。汗引いて体冷えちゃうから。ボトルとタオルはそこ置いといて。後で回収に来るから」
「は?あ、オイ!」
ベンチに腰掛ける彼の頭に乱雑にタオルを置いて、ひらひらと手を振って彼に背を向ける。後ろから聞こえてきた声に振り返ることなく部屋を出て扉を閉めれば、扉の向こうから「何なんだヨ!アイツ!」と彼の声が聞こえて、今度こそ我慢できずに吹き出してしまう。これが、私と靖友の出会いだった。
「なんて事もあったな〜」
「いつの話してンだヨ。つーかあの時そンな事思ってた訳ェ?」
「何?あの時って、靖友もちゃんと覚えてるじゃん」
「ッセ」
ふふふ、と笑いながら部誌を書く手を再び動かせば向かいに座っていた靖友が呆れたような顔をする。初めて会った時のこと覚えてる?と唐突に聞いた私に忘れたと答えたのは靖友だったはずなのに、何だちゃんと覚えてるじゃないか。照れなくてもいいのになんて思いながらニヤニヤと靖友を見れば、ちょっとだけ頬を赤くした靖友に額を弾かれる。ビシリといい音がした額を押さえて痛いよ、と呟くけれど靖友はそんな私に目もくれずスマホの画面を眺めている。
「ンなどうでもイイ事話してる暇があンなら、さっさと部誌書けヨ」
「はぁーい」
優しくない靖友にぶうぶうと文句を言いながら机の上に置いたボールペンを手に取ってサラサラと文字を書いていく。とは言っても大体はもう既に書き終えていて、後書くことと言えば連絡事項くらいだ。明日の練習も予定通りで特に変更の予定は無い。特記事項と書かれた欄に「特に無し」と記入して、最後に記入者の欄に高坂とサインをする。ザッと見返して誤字脱字が無いのを確認して部誌を閉じれば「終わったァ?」と靖友がスマホの画面から私に視線を移す。
「うん。待たせてごめんね」
「別にィ」
「帰る準備するから、もうちょっと待ってて」
「ン、」
ロッカーを開けてカバンを出し、荷物を纏める私を横目に靖友も同じように帰り支度を始める。私の方が少しだけ遅かったけれど、ほぼ同じタイミングで帰り支度を終えて部室を出れば外はもう真っ暗で。すっと差し出された靖友の大きな手に自分の手を重ねて、指を絡めた。