こういう時だけカッコいいから

※黒田視点
※モブが出しゃばります


◇◇◇

まさに売り言葉に買い言葉。いつもの言い合いだと思って止めなかった俺達にも非は…いや、ないだろ。冷静に考えたら俺達がそこまでしてあげる必要はない。が、ここまで険悪な空気になるくらいならさっさと止めればよかったと思っている自分がいることも確かだ。いや、マジでこの空気どうすんだよ。

「なんッでそういう言い方しか出来ないわけ!?」
「ア゛ァ!?オメーだって似たようなモンだろォが!!自分の事棚に上げてんじゃねェぞ!!」
「靖友がそういう言い方するからでしょ!?なんで私が悪いみたいな言い方する訳!?最初に喧嘩ふっかけてきたのは靖友じゃん!!」

あ、これやばいんじゃね?

そう思って東堂さんと顔を見合せた時にはもう遅かった。我慢の限界だと言わんばかりに頭を掻き毟った荒北さんがガタリとベンチから立ち上がって部室の扉を指差した。

「アーアーそうかヨ!!ンなにオレが気に食わねェなら優しくしてくれる男のトコにでも行きゃいいだろ!!!」

そして放たれた最悪の一言に俺は頭を抱えたくなった。

マジでバカなのかこの人。葵さんがどれだけアンタの事を好いてるか分かった上でのセリフですか。ていうかアンタはそれでいいんですか。

さっきまで焦っていた気持ちはどこへやら。俺の心は呆れの方が勝ってしまったらしい。冷めた目で荒北さんを見てから葵さんに視線を移して、消えたはずの焦りが復活した。

「〜〜ッ!信ッじらんない…!いいよ…ッ、お望み通り優しくしてくれる人のトコに行ってあげるよ!!最ッ低…!」

ポロリと涙を流して荒北さんを睨みつけた葵さんが扉の近くにいた俺を押し退けて部室を飛び出す。

おいおいおい、嘘だろ!?マジでこれヤバいんじゃねーの!?ていうか俺の感情の起伏激しすぎだろ!ジェットコースターか!

初めて見た葵さんの涙に自分でも驚くくらいテンパって、閉じられた扉と荒北さんを交互に見つめることしかできない。しん、と静まり返った部室で誰も声を発することが出来ない中で荒北さんが動いた。ガァンッ!と思い切りロッカーに拳を打ち付けた荒北さんの表情は今までにないくらい怖い。

「お前の機嫌などどうでもいいが物に当たるのは止めろ」
「アァ!?」

そんな中で静かに口を開いたのは東堂さんだった。ギョッとして東堂さんを見れば、いつものような笑顔は無くて無表情だった。正直荒北さんよりも今の東堂さんの方が怖いと思ってしまうほどには淡々と話す東堂さんの姿に荒北さんが大人しくなる。何も言い返せずにガリガリと乱暴に頭を掻いた荒北さんが再びベンチに腰掛ければ、東堂さんが大きくため息を吐く。

「はぁ…あっちにも非はあるが、お前もお前だ。きちんと話をして仲直りしろよ」
「ッセ」

あ、いつも通りだ。

いつの間にか潜めていた息をふう、と吐き出せば一気に体が軽くなる。頭からタオルを被って何も話さなくなった荒北さんを横目に、福富さんと新開さんに何かを耳打ちして部室を出て行った東堂さんは恐らく葵さんを追いかけたんだろう。

この二人が喧嘩した時に真っ先に間に入ってあげてる東堂さんだから、葵さんのことは任せておいても問題はなさそうだ。多分明日には仲直りしていつものようにじゃれつく二人が見れるだろう。

そう思っていた俺は自分の考えがどれだけ甘かったのかを思い知らされる羽目になるなんて知らなかった。

◇◇◇

「荒北と高坂が別れたらしい」

そんな噂が流れ始めて、数日後。

「バスケ部の鈴木と高坂が付き合ってるらしい」

なんて噂が流れた。慌てて東堂さんに声をかければ、東堂さんは心底困ったような表情でため息をついて事の次第を話してくれた。

「元々葵さんを狙ってた鈴木がここぞと言わんばかりに葵さんにアプローチしかけてるってのは分かりました。んで、この状況であの人は何してるんですか」
「鈴木と葵が仲良さげに話してる所を見て勝手にしろとどこかへ行ってしまってな。はぁ…本当に世話の焼ける奴らだ…」

額に手を当ててため息をついた東堂さんの気持ちはよく分かる。俺が東堂さんの立場だったら呆れてものも言えない。葵さんのこと好きなんだったらちゃんと手綱握っとけよ。葵さんがめちゃくちゃモテるの、知らない訳じゃないでしょ。

「何してんすか」
「ア?」
「葵さん、取られちゃうかもしれないのにこんな所で油打ってていいんですか?」
「ハッ、なンだヨ。喧嘩でも売りに来た訳ェ?」

東堂さんと別れて、中庭にやって来れば俺の予想通り荒北さんはそこにいた。挑発するように鼻で笑えばいつもの覇気はなく、逆に自嘲するような笑みで返される。らしくない姿に、思わずぽかんと口を開けたまま固まってしまう。

は?この人本気で葵さんの手、離そうとしてる訳じゃねぇよな?

漠然とそう思ってしまった俺はかける言葉を思いついている訳でもないのに、気付いたら口を開いていた。何を言うべきかと巡らせた思考を遮るように響いたのは、今一番聞きたくない声だった。

「荒北じゃなくて俺にしない?」

びくりと肩を跳ねさせてちらりと声の方向へ視線を向ければそこに立っていたのは、現在進行形で話題になってる張本人達だった。角度的に俺達の姿が見えていないらしいバスケ部の鈴木とか言う男は、にこりと人好きしそうな笑みを浮かべて言葉を続ける。

「荒北なんかより俺の方が絶対優しいし、俺の方が葵ちゃんのこと幸せに出来ると思うんだよね」

だからさ、俺にしなよ。そう言って葵さんにキスをしようと男が体を屈めた瞬間だった。ふわりと隣の気配が動いて、直後に肌を刺すような殺気。

「誰に許可取ってコイツに触ってンだヨ」

いつもの荒北さんからは想像できないくらい静かな声だった。葵さんを背後から抱き抱えて、バスケ部の男を睨みつける荒北さんの顔に俺までぞくりと鳥肌が立った。

動いたら、殺される。

そう思わせるほどの威圧感に、バスケ部の男はゆっくりと後ずさってから逃げるようにその場を立ち去っていった。横で見ていただけの俺ですら恐怖を感じたんだ。睨まれていた張本人ともなれば、泣きたいくらい怖かっただろう。

男が立ち去った後も表情の変わらない荒北さんを、葵さんがそっと見上げてぱちぱちと数回瞬きをする。何かを言おうとして口を開いた葵さんの声が響くより先に俺の耳に届いたのは荒北さんの冷たい声。

「良かったなァ?優しくてオメーの事幸せにしてくれそうな男に告られてよォ」

この人最低だ。そう思った途端、葵さんの目から大粒の涙がボロボロと溢れ出す。

「うっ、さい…!なんなの、ほんと…ッ、どっかいけって、別の男のとこいけって、いったの…っ、やすともじゃん…!じゃましないでよ!」

しゃくりあげながら泣きじゃくって腕を振り払った葵さんに、荒北さんの動きが一瞬だけ止まる。すぐに開いた距離を埋めるように荒北さんが真正面から葵さんを抱きしめれば、腕の中で葵さんが藻掻く。

「オレじゃなきゃダメなくせに、強がってンじゃねーヨ」
「うる、さい…!ばか…!はなしてよ、っ!」
「ン、知ってる。オレが悪かったからァ。ゴメンネ」

ふわりと柔らかくなった荒北さんの雰囲気と、それに比例するように弱くなる葵さんの抵抗。ぐすぐすと鼻を鳴らす葵さんの頭を抱え込むように抱きしめて、背中を優しく撫でる荒北さんの胸元を葵さんが緩く叩く。

「くちわるいし、すぐばかっていうし…っ、!」
「ウン」
「なん、なのよ…ぉ、!やさしく、ないくせに…!」
「ウン」
「やさしく、しないでよ…!」

葵さんの口から溢れ出す文句を優しい顔で頷いて受け止める荒北さんの姿に、見てはいけないものを見ているような気分になってくる。

俺、ここから離れた方がいいんじゃねーの?ていうか、葵さんに関しては俺がいること知らないし、荒北さんも絶対俺がいること忘れてるでしょ。

完全に二人だけの世界に入り込んでる荒北さん達に立ち去りたい気持ちは山々だが、少しでも動いた瞬間…というか荒北さんに見られているのがバレた時点で俺の明日は無いと想う気持ちが前に出る。結果的に俺が選べるのは、その場で息を潜め続けるという選択肢だけだった。

「優しくしなかったら怒ンだろ」
「あたりまえじゃん…!」
「じゃあ何ィ?優しくすればいい訳ェ?」
「そういうのじゃ…っ、ないでしょぉ…っ!?」
「ハッ、ワガママすぎだろ」
「わ、がままなの、いやなんだったらべつの女の子のとこいけばいいじゃん…!」
「オメーのワガママだから何とも思わねェンだヨ」

…いやほんと。誰だよ、アンタ。飢えた野獣なんじゃねぇのかよ。超デキる彼氏じゃねーか。スパダリか。彼女の前では飼い慣らされたワンちゃんか。

ポロポロと溢れる葵さんの涙を手で拭っては頬を撫でて。優しい顔で葵さんと額を合わせる荒北さんの姿は、どこからどう見ても彼女が愛おしくてたまらないただ一人の男で。学校や部活、レースで見せる荒北靖友とは別人だった。

荒北さんが何度も何度も涙を拭っているうちに少しずつ葵さんの涙は止まって、誰がどう見ても泣きましたと言わんばかりに目を腫らした葵さんが荒北さんを見る。

「オレ以外にシッポ振ってンなヨ」
「ふってないもん」
「振ってたろ。ンだよ、アイツ」
「靖友より、やさしかった」

葵さんの両手で頬を包んで不貞腐れるような顔をした荒北さんに、葵さんがムッとした顔をする。ぽんぽんと続けられる会話はいつも聞いている二人の言い合いと同じで、謎の安心感に襲われる。

「何?アイツの方がイイってェ?」
「やだ」
「ハッ、やっぱオレじゃなきゃダメじゃねェか」
「なに、それ。靖友は、私じゃなくてもいいわけ」

葵さんが自分の所に戻ってきた安心からなのか、荒北さんがいつもと同じ余裕そうな笑みで葵さんを見る。荒北さんの意地悪なセリフに葵さんがまた泣きそうに表情を歪めるから、思わず声に出して言うところだった。

お前まだ懲りてないのか、と。

たった今仲直りしたばっかりなのに同じ内容でまた喧嘩する気かと思ったけれど、それは杞憂だった。ふっ、と今までよりも数倍甘く微笑んだ荒北さんが葵さんの頬を撫でて口を開く。

「ほんッとバァカチャンだよなァ。オメーがオレじゃなきゃダメになるよりずっと前からこちとら葵無しじゃダメになッてンだヨ」

そう言い切って、驚く葵さんに荒北さんが口付ける。

…俺、やっぱり早いうちにいなくなっとけば良かった。何見せられてんだろ。まあ、でも…正直最後のセリフは格好よかった。あの人、恋愛が絡むと…っつーか葵さんが絡むと無駄にカッコよくなるの何なんだよ。

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