ようやく仕事を終えて会社を出たのが夜の九時。イライラしながら電車に乗って家が見えてきた頃にはもう九時半を過ぎていた。苛立ちを隠すことなく舌を打って、ガリガリと後頭部を搔く。家の扉を開けて、ただいまァと声をかければリビングから聞こえてくる元気な声。
「おかえり!」
「…おー、ただいまァ」
ぱぁっと表情を輝かせて駆け寄ってきた葵に先程までイライラしていた気持ちがすぅっと何処かに消えていく。遅かったね、と笑いながらオレのカバンと上着を受け取ってくれる姿にじわじわと胸の奥に何かが溜まっていく。
「今日はね〜靖友の大好きな唐揚げ作ったんだぁ〜。明日休みって言ってたからビールも買ってきたし、お風呂には靖友がいい匂いって言ってた入浴剤も入れてあるよ〜!ご飯とお風呂、どっち最初にする?」
ふにゃふにゃと笑って話す葵にぐっと目が熱くなって、言葉が出てこない。じっと顔を見つめたまま動かなくなったオレにどうしたの?と首を傾げる葵を抱き寄せて肩口に顔を埋めれば、とんとんと背中を叩かれる。あー、やっべェ。オレ、コイツと結婚してよかった。ぎゅうっと葵を抱きしめる腕に力を込めれば、苦しいよとクスクス笑う声が返ってくる。
「今日は甘えたさんですか?」
「ン、」
「じゃあ甘えたの靖友くんには私と一緒にお風呂に入れる券をあげましょう」
「マジ?」
「マジ!」
きゃっきゃっと笑いながらオレの頬にキスをした葵の頬に手を当てて唇を重ねる。最初は恥ずかしくて仕方がなかったキスも、今じゃ挨拶と同じくらい自然に出来る。それでも得られる幸福感は増していくばかりで、何度だって求めたくなる。額に、頬に、鼻先に。顔中にキスを降らせれば、葵はくすぐったいと身を捩って笑う。
「もう!ご飯とお風呂が先!」
「その後はァ?」
「靖友の好きにしていいよ」
「じゃあ飯ィ」
「はあーい!」
いつまで経っても玄関から動かないオレに痺れを切らしたのか、葵がガバリとオレから離れる。リビングに向かう葵の背中を追いかけながらネクタイを緩めて、ワイシャツのボタンを外す。チラリとこっちを見て、悪戯っ子のような顔で笑った葵に絶対抱き潰すと心に決めてテーブルの上の唐揚げを摘んだ。
「あー!つまみ食いしないの!せめて手洗ってからにしなさい!」
「母親かヨ」
「靖友くんの大事な可愛い奥様で〜す」
「自分で言うなっつーの」