虫除けと言う名の甘い首輪

「お願い!」

そう言って私を引き止める先輩に何度目か分からない断りの返事をする。合コンに参加する予定だった女の子が一人来れなくなってしまい、代わりの女の子を連れて行くと言ってしまった先輩に頼み込まれて既に十五分は経とうとしていた。何度断ってもそこを何とか、と食い下がってくる先輩にどうしようかと困っていれば部室の扉が開く。顔を覗かせたのは見慣れた靖友の顔で、無意識にホッと息を吐いてしまう。

「一年、荒北入りまァす」
「お、荒北!おつかれ!」
「ッス。なにしてんすか」
「それがさぁ…」

困り果てた私と、そんな私に頭を下げる先輩…なんて不思議な光景に怪訝そうな顔をした靖友が首を傾げながら首にかけていたタオルを外す。私と靖友が付き合っていることを知らない先輩は荒北も一緒に説得してくれよ、と言わんばかりに靖友の肩に腕を回して事情を話し始める。やたらと演技じみた話し方に若干イラッとしながらも事実よりも大袈裟に説明をする先輩を冷めた目で見つめた。

「行ってやればいーンじゃねェのォ?」
「えっ」

靖友なら止めてくれると、勝手に思ってしまっていただけあって口から出たのは間抜けな声。だよなー!と嬉しそうに笑う先輩を横目に、ニヤニヤと笑う靖友をギロリと睨みつける。あっそう。彼女が合コン行っても別に何とも思わないってこと?じゃあいいよ。そんなに行って欲しいなら行ってやるわよ。元々しつこい先輩のせいで悪かった機嫌はたちまち急降下。何を考えているのか知らないけれど、私を見てニヤニヤ笑う靖友から目を逸らして先輩に返事をしようとした瞬間だった。首筋に走った鋭い痛みと、背後から香る慣れた匂い。

「い゛、った…!?」
「イイ首輪してンじゃん。葵チャァン?」
「は…、なにして…」

ビリビリと痛む首筋に手を当てて慌てて振り返れば、ぺろりと舌なめずりをした靖友と視線が交わる。ぽかんとする私の手をするりと取って、顕になった首筋を見た靖友が満足そうに笑う。ぱちぱちと瞬きを繰り返して、やっと理解出来たのは靖友に思い切り噛み跡を残されたということ。私達が付き合ってることを知らない先輩の目の前でよくもまあ、こんな大胆な事ができたな。もう、呆れとか色々通り越して感心するわ。

「こんなの付けて合コン行ったら、逆にまずいよ」
「ア?んじゃ行かなきゃいいだろォが」
「…最初から行く気なかったんだけど、私」
「誘われるオメーが悪ィ」
「理不尽!!!」

ビシリと固まったきり動く気配のない先輩を横目にため息をついて靖友を見れば、してやったりと言わんばかりの顔でニヤリと笑っている。ああ、最初からこれが狙いだったわけですか。そうですか。確かに合コンで明らかな彼氏持ちは正直あまり良い印象を与えないし、端的に言ってしまえばお呼びでないのだ。つまり、誰がどう見ても私には彼氏がいると思わせればいいと靖友は考えたわけだ。にしたって、もう少しやり方があったと思うのは私だけですかね。合コン不参加は勿論だけど、明日からの学校生活にも色々と支障が出そうなんですが。

「凶暴な狼に噛まれましたァって言っとけ」
「まあ…間違ってないけどさぁ…」
「え、ちょ、ちょっと待って?え、まさか…葵ちゃんと荒北って…」

楽しそうに笑って私の首筋にまた甘く噛み付いてくる靖友に呆れながら返事をして、先輩を見る。パチリと視線が交わったかと思えば、恐る恐ると言った様子で私たちの表情を伺ってくる。質問をしてきたのは先輩の方なのに、まるで答えなんか聞きたくないと言わんばかりに表情は歪められていて目には涙が浮かんでいた。そんな先輩になんて言うべきか言葉を選んでいれば、靖友がニヤリと意地の悪い顔で先輩を見る。うっわ、すごい悪い顔。

「付き合ってますヨ。オレ達」
「う、うそだ…!嘘だろ!?洋南チャリ部の紅一点が…ッ、よりにもよって荒北と!?まって、俺めっちゃショックなんだけど!?」
「どういう意味スか、それェ…」

見せつけるように私の頬に口付けた靖友を珍しいなぁ、と思いながらぼんやり見つめる。うん、なんかもうどうでも良くなってきちゃった。あ、爪割れてる。後で切らなきゃなあ。割れてしまった右手の人差し指の爪を左手で弄りながら先輩が膝から崩れ落ちる様子を横目で見る。どうでもいいけど解決したなら早く帰りたい。

「葵ちゃんほんとに荒北と付き合ってんの!?」
「えっ、あ、はい」
「うわあああああ!嘘だああああ!」

後ろから私を抱きしめるように腕を回す靖友に体を預けながら返事をした私に先輩は今度こそ涙を流して部室を飛び出して行った。あ、これもしかして明日には私と靖友が付き合ってるって話題になっちゃうやつかな。

「よかったの?多分明日には私達が付き合ってるって広まってるよ」
「いーンだヨ。牽制だ、ケンセー」
「…ああ、ヤキモチ妬いてたんだ。私が合コンに誘われて」
「ッセ。そんなンじゃねェよ、バァカ」

問題の先輩は居なくなったのにまだ私を抱きしめたままの靖友に顔を向ければ、先程までの楽しそうな顔はどこへやら。先輩が飛び出していった扉を不機嫌そうな顔で見つめていて、思わず笑みが零れる。クスクス笑いながら靖友の頬をつつけば、ぐわりと口を開いた靖友に噛み付くようなキスをされた。

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