恋に焦がれてその身を焦がす

「朝倉さん、ごめんね。急に呼び出したりして」
「ううん、全然気にしないで」

ふわりと微笑んでそう言えば、目の前の男の表情が緩む。少し前から明らかに好意を示してきていた男に呼び出されたのは今朝の話。わざわざ教室まで来て放課後の約束を取り付けた男にクラスメイトの女子がきゃあきゃあと黄色い声を上げていた。目の前で人好きしそうな笑みを浮かべてつらつらと言葉を並べる男に愛想笑いで返す。

「俺、朝倉さんのことが、好きなんだ」

だから、良いよね?

何が、と返す間も無かった。ぶわりと舞い上がった風と、左腕に走った激痛。ぼたぼたと腕を伝って地面を真っ赤に染める血。痛みに顔を歪めれば、目の前の男が恍惚の笑みを浮かべる。膝をついた私の顎を掬い上げてニコリと笑う男に震える声で言葉を紡ぐ。

「な、んで…」
「最近話題になってる変死事件、知ってる?あれ、犯人俺なんだよね。可愛い女の子見ると食べたくなっちゃって」
「た、べるって…どういう、」
「俺、妖なんだよね。鎌鼬って聞いたことない?」

私の髪の毛を指で遊んで、クスクスと笑う男の目の色がすっと変わる。金色の瞳と長く伸びた爪。ゆらりと揺れる尻尾は目の前の男が間違いなく人ではないことを示していた。びりびりと痛む腕は夢じゃない。熱を持ってずきずきと痛む私の腕に触れた男が、傷口にそっと口を近づける。

「大丈夫だよ。痛くしないから」

男の口から見えた真っ赤な舌が傷口に触れる。ぎらりと光った牙が腕に食い込んで、骨が軋む音がする。ぼたぼたと垂れる血と、苦痛に歪む私の表情がよほど気に入ったのだろう。すぐに殺そうとはせずにじわりじわりを私の傷口を抉る男に、ゆるりと口角が上がった。

「殺るなら、さっさと殺ればよかったのに」
「…は、?」

私の背後でゆらゆらと揺れていた糸に気付かなかったのだろうか。私の血が、じわりじわりとその体を蝕んでいることに気付かなかったのだろうか。男の体がぐらりと傾いて、直後に響き渡る男の悲鳴。喉を掻き毟って地面に転がり、悶え苦しむ姿にふつふつと笑いが零れる。

「ふ、ふふ…っ、あっはははは!」
「ぁぁああああ!?なんで、何なんだよ!!なんで…!!」
「気づかなかったでしょう?私が、アンタと同種だって」
「おま、え…まさか…!」

背後の糸が私の体に纏わりつく。しゅるりと傷口に触れたそれが淡く光って傷口が塞がっていく様を見て、男の顔色がさっと青くなる。当然だろう。治癒能力を持つ妖はそれだけ妖力が強いということ。他人を喰って妖力を得る程度の妖が、自分より格上の相手に敵うはずがない。本能でそれを理解した男がガタガタと震えて許しを乞う。

「苦しいでしょ?あんなにいっぱい食べちゃったもんね」
「ぁ…っぐ、ぅぁ、」
「どうしよっか。折角だから、私と同じように左腕落とそっか」

蜘蛛の巣に捕らえられたかのように宙に吊るされた男の顎を掬い上げてニコリと微笑む。ぎりぎりと私の糸が男の左腕に食い込んで、血が溢れ出す。毒に侵されて動かない体で必死に逃げようとする姿は滑稽で仕方がない。痛みに呻く姿はどれだけ見ても飽きることはない。糸を伝って流れ落ちる血は腐っても妖の血。微々たるものだとしても妖力が得られることに変わりはない。

男の悲鳴と共に地面に落ちた腕を拾い上げて、放る。それに群がるように小さな蜘蛛が集まってきてあっという間に腕は骨だけになり、その直後に男も事切れる。最早、糸に引っ掛かった肉塊となった男に待ちきれなかった蜘蛛達が群がる。

遥か昔、その美貌で男を虜にし、その美貌に夢中になった男達を好んで食べていた妖がいた。絡新婦と呼ばれたその妖の生まれ変わりは大層綺麗な姿をしており、その狡猾さで何人もの男を捕えてきたという。ほんの数分前まで男が立っていたはずの地面には体の骨だけが転がっており、頭部は蜘蛛の巣に残されたままだった。

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