(side:Furuya)
大粒の涙を零しながら、彼女が語ったのは普通とは言えない過去。無邪気に笑っていた姿からは想像もつかない程にくしゃりと顔を歪めて嫌いにならないで欲しいと声を上げて泣く姿を黙って見ていることなんて出来なかった。
彼女の隣に腰掛けて涙で濡れた頬を優しく撫でれば、ゆらゆらと不安で揺れる瞳に僕が映る。向かいの席から手を伸ばして頭を撫でるヒロはしょうがない奴だなと言わんばかりに困った顔をして笑っていた。
縋るようにそっと握られた服の裾は、きっと彼女の精一杯の甘えだ。どこにも行かないで、と小さな声で呟いて僕に凭れ掛かるようにして目を閉じた彼女の穏やかな寝息に小さく息を吐いた。正直、泣いてる姿を見てるのはかなりしんどかった。
「あーあ、こりゃ目腫れちゃうな」
「だな。明日に引きずらなきゃいいけど」
真っ赤になった目元をそっと親指で撫でて、小さく握られた服の裾の上から彼女の手を握りしめる。すっかりぬるくなってしまったコーヒーを一口飲んで、ヒロを見れば、真剣な顔をしたヒロと目が合う。
「俺、この子と一緒にいてあげたい」
「同情か?」
「その気持ちが全く無い、とは言えない」
「正直だな」
肩を竦めて小さく笑う僕に、ヒロは泣きそうに顔を歪める。両親の死、それはコイツにとって何よりも重たい言葉だと僕は知っている。幸せだった家庭が、突然消えてなくなることの苦しさも辛さも、全部コイツは知っている。だからこそ、彼女の境遇が自分と重なって見えたのかもしれない。
「でも、それよりも、この子が助けて欲しいって、伸ばしてくれた手を俺は掴んであげたい」
「うん」
「辛いことも、苦しいことも、きっと誰にも言えずにいたんだ」
そんな彼女が、声を上げてくれた。助けて欲しいと、泣いて、手を伸ばした。その事実だけでは、彼女を大事に思う理由にはならないのか。自分が辛くて苦しかった時にゼロが暗闇から引っ張りあげてくれたように、今度は自分が彼女を暗闇から引っ張りあげてやりたい。そう言って真っ直ぐに僕の見たヒロの目に、迷いはなかった。
「ゼロだって、助けてやりたいって思ったから今日まで関係を切らなかったんだろ」
「ああ、そうだよ。何かあるって、気付いてた」
初めて会ったあの日、知らない男から向けられる悪意にカタカタと震えて怯えていた彼女を助けたのは本当に偶然だった。違和感を覚えたのは涙を浮かべていた彼女が、僕を見上げてなんで、と口を動かした時だ。
助けて貰うことが完全に想定外だったと言わんばかりのリアクションをした彼女を不思議に思ったのも束の間。駅の事務所で震える指先をぎゅっと握りしめて啖呵を切る姿を見て、ああ、この子は誰かに頼ることが苦手なんだなと思った。
何をするにも一歩引いていて、自分の話をしようとしない。他人の気を良くさせる事に関しては優れているけれど、自分のことになると途端に無関心。そんな彼女が、初めて語った自分の過去と思い。そして、その全ての根っこにあったのは僕達に嫌われたくないという健気な願い。
彼女の精一杯の甘えと、ワガママが、僕達にだけ向けられたものだなんてとんでもない贅沢だと思った。ぼろぼろと涙を零して僕達に縋る彼女を見て、不謹慎かもしれないけれど嬉しかった。ああ、彼女にとってそれ程までに自分達が大きな存在になっているんだと実感できたから。
僕の肩に凭れてすうすうと寝息を立てる彼女の目尻に浮かぶ涙をそっと人差し指で拭って、そっと髪の毛を梳くように頭を撫でる。愛おしい、とそう思った。守りたい、とそう思った。僕だけじゃなく、ヒロも同じように思っている。
僕達も、無償の愛を与えられることが幸せな事だと知っているから。