あの雨の日以来、雨の酷い日には決まって二人から連絡が来るようになった。私の体調を気遣うようなメッセージにじんわりと心が温かくなって零れる笑みを堪えることが出来ない。携帯電話を握りしめて二人のメッセージにそれぞれ返事をする。猫いた、と写真付きで送られてきたメッセージに思わず吹き出した。
「松田さん猫どこにいたの」
「大学の中庭」
「サボってたの?」
「よく分かったな」
ご褒美だ、なんて言って私の前にチョコレートを置いた松田さん。あ、このチョコ美味しいやつだ。包みを開けてぱくりと頬張れば、松田さんはふっと笑ってコーヒーカップを傾けた。萩原さんは教授に捕まっていて遅くなるから、といつも通り裏門前まで向かに来てくれた松田さんと一緒にいつものファミレスへ入れば店員さんが今日は二名なんですね、なんて話しかけられた。この後来ます、と伝えればそうなんですね〜と朗らかに笑って奥のボックス席へと案内してくれたので遠慮なく寛いでいる。
「あれ、松田さんたばこの匂いする」
「あー…匂うか?」
「ううん。いいにおいだよ」
頭に伸ばされた手を受け入れようと動いた拍子にふわりと香った慣れない香り。首を傾げる私に松田さんは自分の匂いを嗅いでから悪い、と謝った。吸ってたの?と尋ねればさっきまでハギと吸ってた、なんて返される。萩原さんも吸ってるのか。煙草が似合うのかっこいいよね、と笑えば嫌じゃねえの?と今度は松田さんが首を傾げる。
「いやじゃないよ?何で?」
「匂いとか、女子は色々気にすんだろ」
「匂いは別に嫌いじゃないし…強いて言うなら肺が心配だから吸いすぎ注意って感じ」
後は本人の好みじゃん?と笑う私に松田さんは意外そうな顔でそういうとこは大人だよな、と呟いた。そういうとこはってなに!普段は大人っぽくないって事!?ちょっと松田さん目逸らさないでこっち見てよ!ねえ!席を立って向かいに座る松田さんの隣に座ってねえええ、と凭れかかる。
「そういうとこだよ」
「普段もちゃんとしてるじゃん…なに…甘えたモードの私は嫌なの…」
「ンなこと言ってねぇだろ。拗ねんなよ」
「すねてないよう…ちょっと不満なだけだよう…」
「それは拗ねてるっつーんだよ」
ハイハイすいませんでした、と投げやりに謝って私の頭を撫でる松田さんにぶすりと頬を膨らませながら凭れかかる。なんだ、頭撫でれば私の機嫌が直ると思ってるでしょ。そんなチョロくないんだからね。でも撫でるのはやめないで。ずしずしと頭突きをしながら松田さんへの抗議をしていれば、クスクス笑う萩原さんの声がしてハッと顔を上げる。
何してんのさ、と楽しそうに笑って先程まで私が座っていた場所に腰かけた萩原さんは頬杖をついて私達を見る。松田さんにいじめられたから抗議してた、と返す私に対して松田さんは濡れ衣着せられてる、なんて言う。違うじゃん!そうじゃないじゃん!
「まつださんのばかああああ」
「おいくすぐってぇよ」
ケラケラ笑っているだけの萩原さんはどちらの味方もする気が無い事に気が付いてうわああんと松田さんの肩口に額をぐりぐりと押し付ける。季節が夏に近付いて、少しづつ薄着になってきた松田さんの首元に私の髪の毛がちくちくと当たるようで、松田さんが身をよじる。こしょばいの刑です。
くっついたことで、よりたばこの匂いが感じられてすんすんと鼻を鳴らす。やめろ、と私を引きはがそうとする松田さんにいい匂いする、と告げればピタリと動きが止まるから、それをいいことに再び匂いを嗅ぐ。何の匂いだろ。萩原さんとは違うけどやっぱり安心する匂いがする。すり、と頬を摺り寄せるようにすれば頭上からそれはもう深いため息が降ってきた。
「お前…恥ずかしいとかねぇのか…」
「うん?どうしたの?」
「なんでもねぇよ…」
「陣平ちゃん人のこと言えなくない?」
「うっせーよ」
え、何ですか。なになに?と二人の顔を交互に見るけれど、やっぱり二人は教えてくれなくて。なんだよう、と唇を尖らせれば萩原さんが楽しそうに陣平ちゃんの匂いも好きなんだ?と聞いてくる。すき、と素直に返せば松田さんは再び深いため息をついて、萩原さんはそんな松田さんを見て声を上げて笑う。
よく分かんないけどあんまりやりすぎると怒られると思う、と言いかけたけれど手遅れだった。うるせえ、と耳を赤くした松田さんの拳が萩原さんの頭にヒットしてごちんと痛い音がした。いってぇ、と涙を浮かべる萩原さんに大丈夫?と声はかけてあげるけど、自業自得だと思うよ。
「痛いなあ、陣平ちゃんってば暴力反対」
「お前が悪い」
「今のは萩原さんが悪いと思う」
「あっれ今回俺の味方無し!?」
ショックで研二くん泣いちゃう〜と泣き真似を始めた萩原さんをじいっと見てからどうしたらいいの?と松田さんを見る。面倒くせぇと隠しもせずに声に出してから顎でくいっと合図をした松田さんに言われるがまま萩原さんの隣に腰かけてぽすぽすと頭を撫でる。泣かないで〜。
「雑だな」
「だってどうやって撫でたらいいか分かんなくて…」
「いつも俺がやってるみたいに撫でてみて」
「ううん…むずかしい…」
いつも萩原さんがするように…と考えながら手を動かすけれど、あまりのさらさらな髪の毛に一瞬で色々吹き飛んだ。ほわああ、すっごいさらさらだ。どうやったらこんな風になるんだろう。すごい。半ばはしゃぎながら萩原さんの頭を撫でまわしてると、萩原さんの肩がぷるぷる震えていることに気が付いて手を止める。なんで笑ってるの。
「俺そんな思いっきり撫でまわしてないでしょ…ふっ、くくっ…」
「犬かなんか撫でてんのかお前は」
「だってさらさらだったんだもん」
我慢できないとでも言いたげに声を上げて笑い出した二人にぶすりと頬を膨らませれば、涙を浮かべながらごめんごめんと謝ってくる。なんだよなんだよ、折角慰めてあげようと思ったのに笑うんですかそうですか。ふいっとそっぽを向く私に松田さんはもう何度目か分からない呆れた視線を向けていて、萩原さんはごめんねと笑いながら抱きしめてくれた。萩原さんは許してあげるけど、松田さんは許してあげないからね!