5.

じめじめしていた梅雨を終え、肌を刺すような暑さが続くようになってきた。学校の制服は数日前から夏服へと変わり、萩原さんからは夏服も可愛いねえ、とお褒めの言葉を頂いた。その口ぶりがなんだかおじいちゃんみたいで正直におじいちゃんみたい、と呟いた私にせめてお兄ちゃんにしてくれない?と言われたのは記憶に新しい。松田さんからもいいじゃねぇか、とお褒めの言葉をもらって私はご機嫌だ。

「梅雨終わってよかったね、松田さん」
「あ?何で俺?」
「だって髪の毛ふっかふかだったじゃん」
「湿気でね。ぶふっ」
「萩原は後で覚えとけよ」
「なんで俺だけだよ」

いつものファミレスでカフェオレを飲みながら隣に座る松田さんの頭に手を伸ばす。くるくるふわふわの髪の毛は直毛の私には羨ましくて。いつだかその話をした時に雨の日の扱いがクソ面倒だから良い事ねえよ、と言っていたっけ。その言葉通り、梅雨時期の松田さんの髪の毛はそれはもう大層ふわふわになっていて、初めて見た時は思わず笑ってしまった。

髪の毛増えた?と思わず聞いてしまう程にふわふわになった髪の毛をぐしゃりと乱してうるせぇよ、とチョップされていたが、梅雨明けと共に落ち着いた髪の毛にちょっぴり寂しくなったのは私だけの秘密だ。

「最近クラスの子達も髪の毛くるくるにしてたよ。先生に怒られてたけど」
「咲桜ちゃんもやってみる?もう少しで夏休みでしょ?」
「うーん…してもいいけど…」
「何だよ。歯切れ悪ぃな」

してみたい気持ちも無くはない。無くはないのだが、いつだか松田さんに言われた言葉が頭をよぎって躊躇ってしまうのだ。ううん、と悩む私を見て松田さんは俺なんか言ったか?と首を傾げている。まあ、覚えていなくても無理はない。特別な会話と言う訳でも無いし、私が勝手に覚えているだけだから。

「前にね、後姿が萩原さんと似てるって言われたの」
「あー…そう言えばそんなこと言ったな」
「うん?それがなんで髪の毛くるくるにするの躊躇う理由になるの?」

だって、髪の毛くるくるにしちゃったら萩原さんとおそろいじゃなくなっちゃうじゃん。そう言ってぶすりと唇を尖らせれば萩原さんは瞳が零れ落ちそうなほど目を見開いて私を見る。松田さんに至っては肩を震わせて笑っている。私だって変なこと言ってる自覚はあるんだからそんなに笑わなくていいじゃん。

暫く固まっていた萩原さんだったけど、パチリと私と視線を合わせた途端にああああ…と額を押さえてテーブルに突っ伏してしまう。どうしたの、と尋ねるけれど待って、と弱弱しい声で返されるので大人しく待つことにする。ニヤニヤと意地悪な顔をする松田さんに萩原さんどうしたの、と尋ねるけれど本人に聞け、と益々楽しそうにされてしまう。

「はぎわらさあん…」
「もうほんと、かわいすぎない?」

こんなにも萩原さんが私に構ってくれないのは初めてで、嫌われてしまったのかと不安になりながらそおっと席を立つ。萩原さんの隣に恐る恐る腰かけて服の裾をちょん、と掴む。口から零れたのは泣きそうな情けない声。あ、だめ。ちょっと泣きそう。

じわ、と涙が浮かびそうになったが顔を上げてふんわりと笑った萩原さんが私をぎゅうっと抱きしめる。かわいいかわいい、と何度も言いながら私の頭に頬ずりをする萩原さんの腕の中で大人しくされるがままになる。

「きらいになってない?」
「なってないなってない。むしろすき」
「わたしもすき…」
「バカップルか」

すん、と鼻を鳴らせば萩原さんは泣かないで〜と困ったように眉を下げて私の頬を包み込む。俺とおそろいが嬉しかったんだ?と笑う萩原さんにこくりと頷けばそっかぁ〜と満足そうに笑ってもう一度ぎゅううっと抱きしめらる。

「でもくるくるにしたら松田さんとおそろい…」
「!?ダメだからね!?お兄ちゃんは許しません!」
「んぐう」
「おいお前の兄貴面倒くせぇぞ」
「おにいちゃんお店だからしー、だよ」
「うっ」

ハッとしてひらめいたことを口に出せば、萩原さんはぎょっとした顔で私を抱きしめる。勢いが良すぎて一瞬呼吸が止まった。くるしい。一言も発していないのに文句を言われた松田さんはげんなりしながらグラスを傾ける。うええ、私が悪いんですかあ。

しょうがないなあ、と萩原さんの腕の中からもぞもぞと顔を上げてぴんと立てた人差し指を口元に寄せてしー、と言えば小さく呻いた萩原さんが思い切り私を抱え込む。うぐ、くるしいってば。うんうん言いながら私を抱きしめる萩原さんに苦しいようと呻きながらもきゅっと握った服の裾を離すことは出来なかった。
top
ALICE+