【side:Hagiwara Kenji】
初めて咲桜ちゃんに会ったのは、大学三年になったばかりの頃だった。いつものように陣平ちゃんと飯に行こうと思って出かけた先で酔った男達に絡まれているところを助けたのがきっかけだった。
見た目から未成年だろうなとは思っていたけれど、まさか高校一年生だとは思いもしなかった。え、じゃあついこの間まで中学生だったってことでしょ?驚いたのは俺だけじゃなく、陣平ちゃんも同じだったようで眉間に皺を寄せて何考えてんだ、と怒っていた。
ごめんなさいと素直に謝る姿にはどこか諦めに似た雰囲気があって、違和感を覚えた。このまま帰して何かあっても寝覚めが悪いし家まで送ろうかと口に出してから思った。初めて会った高校生の女の子の家まで行くのはまずくないか?と。
しかし、その提案にありがとうございますと頭を下げるものだから陣平ちゃんと頭を抱えてしまった。たった今その危機感について怒ったばっかりでしょ!男は皆狼なんだから気を付けなさいって言ったでしょ!いや、俺達は違うけど!
「もう一人でこんなとこ来ちゃだめだよ」
「うーん…」
「返事は」
「…来なくていいなら私だって来たくないもん」
帰り道にそう言って唇を尖らせた咲桜ちゃんに、思わず陣平ちゃんと顔を見合わせた。それ以降不貞腐れたように何も話さなくなってしまった彼女に申し訳なさで情けなくも眉が下がった。
到着した咲桜ちゃんの家は電気が消えて真っ暗だった。親御さんはまだ帰って来てないのかな、と彼女の顔を見れば心底安心したような顔をしていて。親御さんがいないことがそんなに嬉しいのだろうか。
「あの、送ってくれてありがとうございます」
「お前、親は?」
「出かけたんじゃないですかね?さっき帰ってきた時はまだいたから」
まあ家主に出てけって言われたら出てくしかないですよね、とカラカラ笑っておやすみなさいと駆けていった背中に言葉を失った。父親か母親かは知らないが、親から出て行けと言われて仕方なく繁華街をうろついていたという事か。
「どう、思う?」
「…家庭環境は良いとは言えないだろうな」
見ろよ、と顎で彼女の入っていったアパートの部屋を差す陣平ちゃんに倣って視線を上げてゾッとした。彼女は確かに部屋に入ったのに、いつまで経っても電気が付くことは無い。警察官を目指す身として、放っておけるわけがなかった。
とは言ってもただの大学生が、人様の家庭事情に口を突っ込むことも出来ない。彼女にもう一度会えでもしない限り出来ることは無い。それが明確に分かるからこそ、歯がゆかった。ぐっと握りしめた拳は俺だけじゃなく、陣平ちゃんも同じだった。
それから数日後、ふらふらと繁華街を歩く咲桜ちゃんを見つけて反射的に駆け出した。掴んだ腕は細くて、俺を見て見開かれた瞳にはうっすらと涙の膜が張っていた。俺の後を追いかけてきた陣平ちゃんが彼女に何してんだと問えば、家に帰れないんだもんと唇を尖らせた。
「ご飯、食べた?奢るからさ、一緒に行かない?」
さらりと流れる黒髪を撫でつけるようにそっと頭を撫でれば、ぽかんとした顔で俺を見上げてくる。くう、と小さく鳴ったお腹の音が何よりもの返事だ。恥ずかしそうに視線を逸らした咲桜ちゃんの手を取って近くのファミレスへと足を向けた。
席に座ってから少しして、きょろきょろと物珍し気に視線を動かす彼女を陣平ちゃんに任せて席を立つ。この後行く予定だった店にキャンセルの電話をして席に戻れば、彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。
それでも陣平ちゃんの奢りと言う言葉に表情を輝かせて頬張る姿は年相応でホッと息を吐いた。いっぱい食べな、と頭を撫でれば嬉しそうに笑うから。陣平ちゃんも俺と同じように表情を緩めている。
その日も家まで送って行ったが、その日は電気がついていて。表情を引き攣らせる姿に何かあると確信した。何かあったら連絡してね、と連絡先を渡せばゆらゆらと不安げに瞳を揺らす。安心させるように頭を撫でて、彼女が部屋に入ったのを見届ける。
「大丈夫かな」
「これ以上、俺らに出来ることはねぇだろ」
「そう、だね。助けてって、言ってくれたらいいのに」
「まだ会って二回やそこらの男にそんなこと言えねえだろ」
陣平ちゃんの静かな言葉は最もだ。でも、俺はあの子にとって安心できる場所になってあげたい。初めは警察官として守りたいと思っていたけれど、今はそうじゃない。ファミレスでオムライスを食べて頬を緩ませてたあの子を、一人になることを怖がって瞳を揺らしていたあの子を、俺が守りたいと。そう思っていた俺は翌日彼女から届いたメッセージに頬を緩ませずにはいられなかった。