「テスト期間ねぇ」
「懐かしいね。俺達もあったなあ」
私の通っている高校は夏休み直前に期末テストがある。結果次第で夏休みが補習地獄になるか、天国になるかが決まる重要と言えば重要なテストだ。とは言え、中間テストの成績が極めて良かった私としては不安になる要素が無い為、特別危機感がある訳でもない。そのせいもあって、一週間後がテストだと言うのにいつも通りファミレスにやって来ている。
「勉強しなくていいの?」
「毎日ちゃんとやってたらテスト直前に一生懸命やらなくてよくない?」
「うっ、ド正論」
わざとらしく心臓を押さえた萩原さんに何を言っているんだと首を傾げる。松田さんはそりゃそうだ、とゲラゲラ笑って私の頭をガシガシと撫でまわす。何ですか、そんな面白いこと言いましたか私。ぐしゃぐしゃになるから止めて、と逃げればぽんぽんと数度優しく撫でられて松田さんの手が離れていく。
「赤点とかありえないし、夏休みはどっか遠くに行きたいんだよね」
「遠く?旅行とか?」
「そんなお金ないよ。なんか自転車で行けるとこまで行くとか」
「そんな危ない事絶対ダメだからね!?」
アイスカフェラテをストローで啜りながら何となく思っていることを話しただけなのに、萩原さんはくわりと目を見開いて立ち上がった。待って、まだ本当にやるって言ってない。松田さんも怖い顔してこっち見ないで。ごめんって。
普段は学校があるから家にいる時間が必然的に短くなるものの夏休みとなると、丸一日家にいなければいけなくなる。正直それは勘弁してほしいし私の精神衛生上、大変よろしくない。だからと言ってアルバイトすらしていない高校生が旅行なんて贅沢をできる訳も無いから、今まで通り図書館や公園で時間を潰すことになるだろう。
「まあ中学校の時もそんな感じだったから平気」
そう言ってヘラリと笑ったものの、ほんの少しだけ寂しいと思ってしまう自分もいた。毎日とはいかずとも二人が一緒にいてくれるお陰で、寂しいと思うことがなくなっていた。大学生と高校生の夏休み期間は若干ずれる。つまり、私が丸一日暇だとしても、二人は学校があるのだ。ただでさえ今だって迷惑をかけているのに、これ以上我儘は言えない。
「ほんとにそれでいいの?」
「どういうこと?」
「お前はどうしたいんだよ」
「どうって…」
「夏休み中、ずっと一人でいいの?」
優しい目で私を見る萩原さんに心が揺れた。ぽん、と私の頭に手を乗せた松田さんも同じような顔をしていて、喉の奥に言葉が詰まって出てこない。ひとりは、いやだけど。ふたりにきらわれるのはもっといや。
「咲桜ちゃんがどう思ってるのか、教えて?」
「、っで、も」
「でもじゃねぇ。お前が思ってること、ちゃんと言え」
テーブルの上でぎゅっとキツく握りしめた手に萩原さんの手が重なる。安心していいよ、大丈夫。そう言っているような温かさに肩の力が抜けた。ぽろり、と零れ落ちた言葉は、紛う事無き私の本心だった。
「いっしょに、いたい」
「うん」
「でも、っふたりに、めいわく…っ、かけたくない…っ」
「ったく、お前はほんとに…」
震える声は、私の精一杯の我儘だ。怖かった。拒否されたらどうしよう、嫌われたらどうしよう。今までそんなこと、考えたことも無かったから、初めての気持ちが怖かった。しょうがねえなあ、と眉を下げて笑う松田さんを恐る恐る見上げればくしゃりと笑って私の頭を撫でる。
「咲桜ちゃん、夏休みはいっぱい遊びに行こうね」
泣きそうな顔で私の手を握った萩原さんは、ひどく優しい声でそう言った。胸の奥で膨らんだ思いは涙になって溢れだす。ぽろ、ぽろ、と零れる涙を萩原さんは泣かないでよ、と拭ってくれるけれど萩原さんも泣きそうだ。どうして、萩原さんまで泣いてるの。
涙は止まらないのに、心はずっと温かくて。これ以上ないくらい幸せだと、頬が緩む。泣きながら笑う私を見て、萩原さんと松田さんはふわりと優しく微笑んだ。