9.

「美味いか?」
「んぐ、おいしい」
「いっぱい食べなね」
「んむ」

注文したのはカレーライス。一番安いというのもあるけど、単純に好きなのもある。だってこの二人意地でも奢ろうとするんだもん。私だってちょっとだけどお金持ってるよ。むぐむぐとカレーを食べる私を見てニコニコ笑う萩原さんはトンカツ定食を食べていて、一個あげるね〜と笑って私のカレーにトンカツを乗せてくれた。松田さんは唐揚げ定食を食べていて、同じく私のカレーの上に一個分けてくれた。

「いつも思うけど、ほんと美味しそうに食べるよね」
「そうかな」
「いっぱい食え。お前細ェんだから」
「標準では…?」
「細いというか小柄だよね」

萩原さんの言葉にふむ、と考えて確かにクラスの中でも小さい方だなと納得する。体重は家でちゃんと測ったことないから分かんないけど四月の健康診断の時は痩せすぎって言われたっけ。萩原さんから貰ったカツをむぐむぐと頬張りながら二人の話を他人事のように聞く。

いっぱい食べて大きくなるんだよ、なんて親戚のおじさんみたいな事を言う萩原さんに成長期は多分終わってるよ、と告げればそうじゃなくて、と笑われる。うん?そういう意味じゃないの?と首を傾げれば松田さんが私の頭をガシガシと撫でていっぱい食っときゃいいんだよ、ともう一つ唐揚げを分けてくれた。わあい。

「萩原くんと松田くんだ〜!」
「珍しくない?ここにいるの〜!」
「私達も一緒に食べていい?」

むぐむぐと無心で食事をしていれば、背後からきゃらきゃらと楽しげな声が聞こえて来てびくりと肩が跳ねた。ちらりと視線を向ければ綺麗なお姉さん達が三人立っていた。萩原さんと松田さんを見る目は熱っぽくて恋愛経験値がほぼゼロに等しい私でもお姉さん達が二人に対して好意があるんだな、というのはすぐに分かった。

それと同時にギロリと向けられた視線は明らかに嫉妬を含んでいて、居心地が悪い。私は何も見てない聞こえない知らない。あともうちょっとだからカレー食べてよう。朗らかにお姉さん達の相手をする萩原さんに対して松田さんは我関せずで私の食べる姿を眺めている。あんまり見られると恥ずかしいんですが。

「ガキかよ」
「んむぅ」
「口の端、付いてんぞ」

ふは、と笑った松田さんに突然口元をティッシュで拭われる。眉間に皺を寄せて小さく唸れば、松田さんはまた楽しそうに笑ってゆっくり食え、と私の頭を撫でる。ちょっとだけ気持ちが楽になって口に運ぶペースが少し落ちた。松田さんは隣で水の入ったグラスを傾けてから、ちらりとお姉さん達を見て眉間に皺を寄せ、それから私を見て表情を緩める、というのを繰り返している。多分それお姉さん達から反感を買うやつだ…!

「ねえ、その女の子どうしたの?」
「親戚の子とか?面倒見てあげてるの優しいね〜!」
「こんにちわ〜!名前なんて言うの?」

そう思ったのも束の間、お姉さん達の意識が私へと向く。萩原さんの優しい拒否は、お姉さん達には通用しなかったようで彼らの気を引けないなら私から、と思ったのだろう。ニコリと微笑む目の奥でアンタ何なのよ、と言ってるのがビシビシ伝わってくる。うええ、怖い…。

明確に向けられる悪意にぞわりと背筋を何かが這う。縋るように松田さんの服の裾を掴んで、隣に座る松田さんの影に逃げるように身じろぐ。とは言え椅子に座っているせいでしっかり後ろに隠れることは出来ないので、ただ椅子をガタガタさせるだけに終わってしまったのだが。

「まつださ、」
「あー…悪い。コイツ人見知りなんだわ」
「松田くんの妹さんとか?」
「みてぇなもん」
「そっかあ〜じゃあしょうがないね」

ふわりと松田さんが私を視界から遮るように抱きしめてくれて、背中をとんとんと撫でられる。ホッと息を吐いていればそれなら萩原くんだけでも一緒に行こうよ、といつの間にかこの後の食事の予定に切り替わっていた会話が頭上で続けられる。やんわりと断わる萩原さんに一歩も引かないお姉さん達がとうとう実力行使に出た。

萩原さんの腕を掴んで、いいでしょ?と妖艶に微笑んだお姉さんに胸がモヤモヤする。萩原さんは今私といるのに、と子供じみた独占欲で眉間に皺が寄る。先程から何度も断っている萩原さんがお姉さんの誘いに乗るとは思ってないし、萩原さんがアルバイトの予定をすっぽかしてお姉さん達と遊びに行くような人じゃないことも知ってる。でも、嫌だった。

「やだ、」
「咲桜ちゃん?」
「おにいちゃんは、わたしのだもん」
「〜〜ッ!」

ちょん、と掴んだ萩原さんの服の裾。引っ張られる感覚に目を丸くして私を見た萩原さんにぎゅうと抱きついて胸元に額をぐりぐりと押し付ける。ぐす、と鳴った鼻は別に泣いてるわけじゃないから。ちょっとだけ鼻がぐずぐずしてるだけだから。

「ハギ、顔」
「ああああまって俺の妹可愛すぎない!?」
「んぎゅ」
「咲桜潰れてるっつの」

呆気に取られるお姉さん達に見向きもせずに私をぎゅうううっと抱きしめた萩原さんに松田さんがツッコミを入れる。潰れるかと思うほどぎゅうぎゅうと抱きしめられて、変な声が漏れた。んむう、まって、くるしい。

「ごめんね。俺の可愛い妹がヤキモチ妬いちゃうから」
「〜〜ッ、そ、そっかぁ…!」

悔しさを滲ませながらも渋々引き下がって行ったお姉さん達を見てホッと息を吐く。可愛い可愛い、と何度も呟いては私の頭を撫で回す萩原さんにぎゅううっと抱きついてもっとちゃんと断って、と呟けばごめんね、と頭のてっぺんに唇が落とされた。突然のそれにポカンとして萩原さんを見上げれば嫌だった?と優しい目で首を傾げられ、ふるふると首を横に振る。

「俺の事、お兄ちゃんだと思ってくれてるんだ?」
「…やだ?」
「ううん。嬉しすぎてどうにかなりそう」
「なあに、それ」
「おいやめろ、そこのバカ兄妹」

両手で私の頬を包んで額を重ねて笑う萩原さんに、不安で瞳を揺らせばとろりとその目尻が下がる。ふふ、と釣られるように笑みを零せば萩原さんと二人揃って松田さんのチョップがお見舞いされる。いたい、と頭のてっぺんをさすれば松田さんは呆れたような優しい顔で笑って私の頭を一度撫でた。
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