「あれ、君は…」
あの事件から数日後、夕方の電車の中で彼らに再会した。猫目の男の人が私を見て目を真ん丸にして、それから隣に立っていた金髪の男の人に声をかける。小さく頭を下げると猫目の彼は人好きしそうな優し気な顔で近づいてくる。
「元気そうでよかったよ」
「すみません。あの時はお礼も言わずに帰ってしまって」
「ああ、いいのいいの。そりゃあんなことがあったら気も動転しちゃうよな」
助けてもらったのに、お礼をちゃんと言っていなかったことをあの日シャワーを終えて、冷静になってから後悔していた。当然、連絡先を知っている訳でも無かったし、多少期待していたとは言えこうして再会できたことに感謝すべきだろう。助けてくれてありがとうございます、と頭を下げた私に彼はふわりと微笑んで当然のことをしただけだから、と模範的な回答をしてくれた。
「お礼、したいんですけど…この後、時間ってありますか?」
「随分典型的なナンパだな」
「そういうつもりじゃないんですけど…あ、はは…」
「おいゼロ止めろって。なんですぐそういう言い方するんだよ」
二人が助けてくれなかったら、どうなっていたか分からない。それを思えば、お礼の一つや二つさせて欲しいと思うのは当然だろう。まあ、ほんのちょっとだけ下心がないと言えば嘘になるが。そんな私の提案に疑わし気な目をする金髪の彼は、私がお礼以外の何かを求めているとでも思っているのだろう。間違いではないのがちょっと怖いけど。
まあでも実際こんなに綺麗な顔なら逆ナンの一つや二つや三つや四つ…当然あるだろうし、コイツもその手の類かと警戒されても仕方がない。何度も言うが私も下心がない訳じゃないから。しかし、それ対して猫目の彼は私の言葉を純粋に厚意だと思っているようでぷりぷりと怒っている。この人可愛い。あと優しい。
「ダメですか?」
「折角お礼したいって言ってくれてるんだから、ちょっとくらいいいだろ?」
「はあ…ちょっとだけだからな」
こてん、と首を傾げて私よりずっと身長の高い二人を見つめれば、金髪の彼がぐっと押し黙る。正直これちょっと押したらイケそうじゃない?って思っちゃった。ごめんなさい。でも会って2回目のどこの誰とも分からない女の子にオネダリされてうぐって押し黙っちゃうのはチョロいと思うの私だけ?
猫目の彼の言葉もあって渋々、と言った様子で首を縦に振ってくれた金髪の彼を連れてやってきたのは、先日見つけた路地裏の小さなコーヒー屋さん。店主のおじいちゃんが一人で気ままに経営している、知る人ぞ知る隠れカフェだ。ここのカフェラテすっごい美味しいの。あとおじいちゃんが優しくて好き。
「良いとこ知ってるんだね」
「恥ずかしながらこの間迷子になっちゃって…その時にたまたま見つけたんです」
「あはは、じゃあ結果オーライだったね」
「ふふ、そうですね」
何で俺が、と言わんばかりの顔で腕を組む金髪の彼だったけれど、運ばれてきたコーヒーを一口飲んで小さく目を見開いた。先程までの険しい表情からふっと緩んだ表情に私までつられて表情が緩む。分かる分かる。ここのコーヒー、すっごい美味しいもんね。私も最初美味すぎてびっくりしたもん。
「美味しいですよね。ここのコーヒー」
「…そうだな」
「私、帝丹高校1年の天野咲桜です。先日は助けていただいて本当にありがとうございました」
クスクスと笑った私にほんの少しだけ恥ずかしそうに頬を赤くした金髪の彼は、それを誤魔化すようにもう一度カップを傾けた。そんな彼に倣うように私もカップを傾けて、それから椅子に座り直して改めて頭を下げる。そんな大層なことしていないからと頭上であたふたする声が聞こえるが、私にとっては大層なことだ。
「二人がいなかったら、もう電車乗れなくなってたかもなので」
そう言って冗談めかして肩を竦めると、猫目の彼が一瞬だけきょとんとしてからふにゃりと笑う。あ、今の笑い方可愛い。
「俺は諸伏景光。で、こっちが降谷零。よろしくな」
「よろしくお願いします。お二人は、大学生…ですか?」
「うん。今2年だよ」
諸伏さんと降谷さんは今大学の2年生で、将来は警察官を目指しているのだという。なるほど、そりゃあ痴漢なんてものを目の前で見て反射的に助けてしまったというのも頷ける。
それからは好きな食べ物は何かだとか、趣味は何かとか。当たり障りの無い会話だったけれどそこそこ盛り上がり、マスターのご厚意でもらった二杯目のコーヒーも冷たくなってしまうほどだ。明るかった外はほんのり薄暗くなっていて、そろそろ帰ろうかと冷たくなっても変わらず美味しいコーヒーを飲み干した。
会計の札を持って席を立てば、今日は私が払いますと最初に伝えていたこともあって二人は何も言わずに後ろを着いてきてくれていた。と、そう思っていたのに、マスターに告げられた言葉に私はぱちぱちと目を瞬かせることになる。
「お代は後ろの二人からもらってるよ」
「へ?」
「成人済みの僕たちが高校生に代金を支払わせるわけないだろう」
「でもさっき私が払うって…!」
「了承した覚えはないが?」
「…降谷さん、もしかしなくても性格悪い?」
「そんなことないさ」
まあまあ、と笑う諸伏さんに背中を押されて、にこにこと微笑むマスターに見送られて店を出る。抗議の声を上げるけれど二人は全く聞く耳持たず。これじゃあ何の為に誘ったのか分からないじゃない!お礼でも何でもなく、ただ年上の男性にコーヒーをご馳走してもらっただけになってしまっては肩身が狭い。ほんとに、なんかすいません。
「…私が払うって言ったのに」
「じゃあまた今度一緒に来ようよ。その時は天野さんにご馳走してもらうから」
「さっきの今でその発言は信用できませんけどね」
「はは、それはごもっとも」
不貞腐れるように唇を尖らせる私を見て二人が声をあげて笑う。あれ、なんか小さい子供だと思われてません?子供扱いしないでくれませんかね、と呟いた私の声が聞こえていたのか、二人は顔を見合わせてからまた声を上げて笑った。